原子核物理学
本章では原子核の基本的性質と中性子や核分裂について学ぶ。
(参考書)「原子核物理学」八木浩輔(朝倉書店)、
「原子核物理学概論・中性子」菊池正士(共立出版)、
「原子炉の初等理論(上)」John R. Lamarsh(吉岡書店)
原子核(nuclear)とは
原子の中心に位置し、Z個の陽子とN個の中性子から構成されている。
大きさは原子の10万分の1程度しかないが、質量は原子の大部分を
占める。
- 元素(element)
- 同じ化学的性質を持つ物質の単位。元素記号で区別され、周期表で整理されている。
同じ原子番号(すなわちZ)を持つ原子は、同一の元素に属する。
天然、人工を合わせて118個の元素の存在が知られている。(2022年までに)
- 核種(nuclide)
- 同じZおよびN(あるいは質量数A=Z+N)を持つ原子核のこと。
核種数は元素数よりはるかに多い。(安定核種は約300、放射性核種は約1700)
核種の分類には以下のようなものがある。
- 同位核(isotope)
- Zが同じ核種。
- 同重核(isobar)
- 核子(nucleon)数、つまりAが同じ核種。
- 同中性子核(isotone)
- Nが同じ核種。
- 鏡像核(mirror nuclei)
- ZとNが互いに入れ替わった1対の核種。
原子核中にの電荷分布(陽子の分布)は、電子線形加速器で
200MeV程度に加速された電子ビーム(ドブロイ波長が1フェムトメートル)
を使って調べることが出来る。
原子核の広がり(半径)は質量数の1/3にほぼ比例する。
つまり、原子核の体積は質量数に比例し、密度は核種によらず一定の値を
とる。(電子ビームに反応しない中性子の分布を原子核反応を使って調べても
この結論は変わらない。)
元素の周期表
最新の周期表には113番目元素のニホニウムの名前が登録されています。軽い元素については皆さんもおなじみだと思います。
ところで、なぜ「原子の周期表」と言わないのでしょうか?
周期表を提唱したのはメンデレーフです。
彼が元素の化学反応の周期性に気がついた当時は、原子というものの存在はまだ知られていませんでした。
ちなみに、元素(element)は同じ化学的性質を持つ物質の単位で、元素記号で区別され、周期表で整理されています。
同じ原子番号(すなわちZ)を持つ原子は、同一の元素に属し、同じ化学的性質を示します。
今現在、天然、人工を合わせて118個の元素の存在が知られています。
それでは、この周期表で、いわゆる放射性元素というのはどこになるのでしょうか?
一番下のウランやトリウムは放射性ですね。でも、カリウムや一番軽い水素にも放射性のものがあります。
じつは、全ての元素に放射線を出す仲間があります。放射線を出すのは原子ではなく原子核です。
核図表
原子核を整理したのが、核図表と呼ばれるもので、広い意味の(そして正しい意味での)原子力を研究するところには必ずあります。
同じZおよびN(あるいは質量数A=Z+N)を持つ原子核のことを核種(nuclide)と呼びます。
核種数は元素数よりはるかにたくさんあります。
核図表で黒で示されているのが安定核種で、約300あります。
その周りに、濃いオレンジや緑で示されているのが、これまで発見された放射性核種で約1700あります。、
非常に不安定で未発見のもの(薄い色)がさらに2000以上あると理論的に予想されています。
周期表だと、放射性のものはマイノリティのように見えますが、核図表をみると安定なものが例外的であると言えるかも知れません。
核図表をもう少し細かく見ましょう。
横の並びは原子番号が等しく、一つの元素に対応します。同位核(isotope) と呼ばれます。
安定核種の右は中性子の多過ぎる核種で、ベータ線を出して安定化します。
左側の核種は中性子が不足しており、ベータプラス崩壊(陽電子放出)や軌道電子捕獲によって安定化します。
陽子と中性子の数によっては非常に原子核が安定化するとこが知られています。
例えば、陽子と中性子が2個ずつ結合したヘリウム4はしばしば一固まりになって 原子核から飛び出すことがあります。
これが放射性核のアルファ崩壊です。
同じ様に、ウランが核分裂反応するときは、陽子数や中性子数が50の核種が生まれやすいと言われています。
中性子(neutron)の発見
1930年秋、ポロニウムα線による核変換実験でBeやBからベリリウム線、すなわち
「透過性のγ線」が生成(Bothe and Becker)
未知放射線が水素を含むパラフィンから4.5ないし2MeVの
陽子線をたたき出す(I. Curie and F. Joliot)
γ線であれば50MeV以上のエネルギーが必要
陽子と同じ質量の中性粒子(光速の1/10程度)であれば、
より重い原子核からの陽子放出が説明できる(Chadwick、「中性子存在の可能性」)
Neutronという名前は、Rutherfordがヘリウム3の発見に伴い、
重陽子とともに存在を仮定した仮想粒子からきている。
(Rutherford自身はこの粒子は陽子に電子が密接に
結合した複合粒子と考えていた。)
中性子は単独では不安定で、900秒弱の寿命でベータ崩壊して陽子に変わります。
実は、この寿命の測定値の精度は他の量例えば電荷量に比べて極めて悪いです。
理由は、中性子は原子核反応で生成され、数MeVを持つため、中性子が崩壊する前に飛び去ってしまうからです。
中性子を冷やす(減速する)冷中性子源を用いて、極低温の中性子を閉じ込めることにより、寿命等の基礎研究に使われています。
最近では中性子は内部構造を持つことが分かってきました。
このような内部構造、あるいは大きさは、原子核と同様に高エネルギーの電子ビームで調べられています。
中性子(neutron)の性質
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水晶スペクトロメーターより単色エネルギー中性子を取り出し静電偏向板で電解をかけ
偏向を測定(C.G.シェル)、中性子の電荷は陽子の-1.9x10-18
高中性子束炉HFR
からの冷中性子を収束させた中性子光学系の電界偏向を測定(R.ゲラー)、
、中性子の電荷は陽子の-1.5x10-20
-
中性子は事実上電荷を持たないので通常の質量分析器は使えない。
原子炉からの中性子でポリエチレンターゲットを照射するとH(n, γ)D
反応が起こる。捕獲ガンマ線のエネルギーから重水素の結合エネルギーEdが
求まり、中性子の質量は
mn-mH=mD-mH2+Ed/c2
で決定される。(重水素の光分解反応のしきいエネルギーからEdを求めることもできる。)
R.G.グリーンウッドとR.E.クリーンの測定によると、
Ed=2224.564(keV)、
mn=1.008664894(u)
-
中性子は核外に取り出されると12.5分程度の平均寿命で
陽子にベータ崩壊する。陽子または放出される電子を検出し、寿命や半減期が測定されているが、
普通の放射性元素と違い高速で飛行しているため測定精度はよくない。
偏極中性子のベータ崩壊の観測がパリティ保存性の検証に使われている。
-
重水素のスピンが1、陽子のスピンが1/2であり、n-p散乱実験の実測から、中性子のスピンも1/2である。
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中性子はフェルミ、ディラック統計に従うフェルミオンである。
-
磁性体で作った静磁場Hで偏向した中性子に交流磁場をかけると
共鳴吸収を起こすラーマ周波数は
hωL/2π=2νnνNH
を満たす。陽子に対しても同様な測定を行い核磁子νNを消去すると、
νp=2.78より中性子の磁気モーメントはνn=-1.93
2つの高周波ループを使ってラーマ周波数を精度よく測ることができる。
νn/νp=-0.68497935
-
中性子は文字通り電気的には中性ですが、正電荷と負電荷の中性子内の分布がズレているため、
有限の電気双極子モーメントをもちます。
中性子のエネルギーを下げると、箱に閉じ込めて、磁気モーメント測定に電場Eをかけると、ラーマ周波数は
hωL/2π=-2νB-2dE
に従って変化するため、中性子の単位長当たりの電気双極子モーメントは
|d|/e < 6x10-25(cm)
-
中性子の磁気単極子は
qm < 1.8x10-15e/2α
-
中性子の電気偏極率は|α| < 6.1x10-3 (fm3)
-
中性子反中性子振動の周期は1.2x105 (s)
- エネルギースペクトル
- 核分裂中性子(核反応中性子)
- 生成エネルギー(Am-Be源、HFR、加速器)で分布のピークを持つ。
- 共鳴中性子
- 1eV〜1keVの運動エネルギーを持つ。
- 熱外中性子(エピサーマルニュートロン)
- 0.5〜100eVの運動エネルギーを持ち、カドミウム箔で吸収されない。
- 熱中性子
- 周辺の媒質と熱的平衡状態にあり、0.005〜0.1eVの
平均エネルギーのマックスウエル分布をなす。
- 冷中性子
- ベリリウムフィルター(共鳴エネルギー5meV)を通過できる、
音速程度の速度、4〜30オングストロームのドブロイ波長を持つ。
低温(20K)の減速材を用いて作る。
- 極冷中性子(VCN)
- 0.1meV以下の運動エネルギーを持つ。
- 超冷中性子(UCN)
- 中性子ビンで捕獲できる0.1μeV以下の運動エネルギーを持つ。
速度は10m/s以下、温度は1mK以下。
結合エネルギー
- 原子核の質量は個々の構成核子(陽子または中性子)の質量の総和より
わずかに小さい。(質量欠損)この差をエネルギー単位で表したものは
原子核を構成核子に分解するのに要するエネルギーに相当し、
結合エネルギーと呼ばれる。
例えば重水素原子核(重陽子)に2.23MeV以上のエネルギーを持つガンマ線を照射する(より
正確には吸収させる)と陽子と中性子に分解される。
原子核全体の結合エネルギーは質量数Aとともに増加するが、
Aで割った核子1個当たりの結合エネルギーはA=60までは増加し、
それより大きいAでは滑らかな減少関数となっている。(結合エネルギーの飽和性)
-
1核子あたりの結合エネルギーが大きい核は安定でしっかり結びついている。
結合エネルギーのグラフで、データ点の尾根は、核図表のベータ安定の谷に存在する安定核種に対応しています。
-
2つの軽い核は核融合反応して安定度の高い原子核を作り出す。
-
重い原子核は核分裂を起こしエネルギーを放出する。
-
陽子数または中性子数が魔法の数(2,6,8,14,20,28,50,82,126)
である核は、殻構造が閉殻になっており、結合エネルギーが
極大になっている。
重陽子は容易に中性子を吸収し三重陽子になるが、さらに
中性子を吸収することはない。同様にジルコニウム90(中性子数50)
やビスマス209(中性子数126)も中性子の吸収が少ないため、
それぞれ原子炉の構造材、冷却材に使われている。
ワイゼッカー・ベーテの半経験的質量公式
中性原子の質量を原子番号Zと質量数Aの関数として記述する。
事実上、原子核の質量、あるいは結合エネルギーに対するものと
考えても差し支えない。
結合エネルギーの質量数Aに対する依存性を、簡単に説明します。
結合エネルギーの主要部は体積つまりAに比例します。従って、核子1個当たりではAに依存せず一定です。
Aの小さい核では表面の効果が大きく、結合エネルギーは実効的に小さくなります。
逆にAの大きな核では陽子間のクーロン反発がやはり結合エネルギーを小さくします。
さらに、安定核種から離れたベータ崩壊に不安定な核は、陽子の数ZがAの半分からズレるほど不安定になります。
これらを定量的にまとめたものが、ワイゼッカー・ベーテの半経験的質量公式です。
この質量公式は、極端に軽い核子を除いて、結合エネルギーの振舞を説明できますので、
原子核反応の反応エネルギーの見積りに有用な公式です。
M(A,Z)= Z MH + (A-Z)Mn
-avA
+asA(2/3)
+acZ2/A(1/3)
+aa(A/2-Z)2/A
+δ(A,Z)
- 第1項
- 陽子(+軌道電子)
- 第2項
- 中性子
- 第3項
- 体積効果
奇Aβ安定核の質量を再現するように
すると、av=15.56MeV。
- 第4項
- 表面効果(表面張力)
奇Aβ安定核の質量を再現するように
すると、as=17.23MeV。
- 第5項
- 電気的斥力(一様球体のクーロンエネルギー)
半径r0A(1/3)の球内にZ個の陽子が一様分布するとして評価
するとac=0.7MeV。
- 第6項
- 非対称効果(ベータ安定化の効果)
核のフェルミ気体モデルによると絶対零度での全エネルギー
εF=C((A-Z)(5/3)+Z(5/3))/A(2/3)
はZ=A/2の時最小値を取り、(A-2Z)/2の4次以上の項を無視して第6項の関数形が得られる。
第7項の寄与しないβ安定核のAとZの実験的関係(Heisenbergの谷)
と(∂M/∂Z)A=const=0
を比較すると、aa=93.15MeV。
- 第7項
- 対相互作用(結合エネルギーの偶奇性)
奇A核に対してはゼロ。偶偶核(even-even nuclei)は負(-33.5 A(-3/4))で安定。
偶奇核(even-odd nuclei)は正(+33.5 A(-3/4))で不安定。
中性子数(または陽子数)が偶数の場合、結合エネルギーが
大きく、奇数個の場合は最後の1個はゆるく結合している。
質量数が奇数の場合はこの効果はゼロですが、偶数の場合、
原子番号も偶数なら陽子も中性子も全てペアを組んでいますので安定です。
しかし、Aが偶数、Zが奇数の場合、つまり偶奇核(even-odd nuclei)は
陽子も中性子もペアから外れたものがあるため、不安定です。