原子炉物理学


本章では中性子と物質の相互作用、核分裂、無限大均質炉の4因子公式、原子炉の動特性などを学ぶ。
(参考書) 「原子炉の初等理論(上)」John R. Lamarsh(吉岡書店)、 「原子炉物理実験」三沢毅(京大学術出版会)

中性子と物質の相互作用

中性子は電荷を持たないので、原子の軌道電子と相互作用を起こし 反応を起こすことはない。中性子と物質の相互作用とは、厳密に は、物質を構成する原子の中の原子核と中性子の核力を介した 反応のことを言う。(なお、中性子は磁気モーメントを持つので 多重極磁場に保持することはできる。) 以下にいくつか具体的に挙げる。
弾性散乱 (n, n)
原子核の内部エネルギーの変化や同位体としての構成の変化を伴わない相互作用。 弾性散乱の断面積は中性子エネルギーによってあまり変化しません。

非弾性散乱 (n, n')
原子核の構成は不変だが、内部エネルギーが変化する(普通は励起状態に 残される)相互作用。

吸収
原子核の組成が変化する相互作用一般。 (一旦、複合核を形成し、改めて中性子を1個放出する反応は散乱に含める。)

放射捕獲 (n, γ)
吸収過程のうち、ガンマ線を生成放出するもの。 (n,γ)の断面積は中性子エネルギーに対して右下がりの直線になっています。 これは、1/v則と呼ばれ、速度の遅い中性子ほど標的原子核の近くに滞在する時間が長く、そのため吸収が起りやすいと解釈されます。

核変換
吸収過程のうち、(n, p)や(n, α)のように荷電粒子を放出し、 原子核の原子番号の変化を伴うもの。

核分裂
ある種の重い原子核が、2個の大きな破片に分かれて多量の エネルギーを放出するもの。

これらの相互作用は、反応性生物に注目した分類であるが、 反応機構に注目した分類には以下のものがある。
複合核形成
標的原子核より質量数の1つ大きく、中性子1個分の結合エネルギー( および重心系から見た標的原子核と入射中性子の運動エネルギー)の分だけ 励起されている。複合核の核子同士のランダムな衝突の結果、 特定の核子(または核子群)を放出するか、ガンマ線を出して複合核は 基底状態になる。そのため、始めの中性子の運動エネルギーが 複合核の励起状態に対応するレベルのエネルギーをもたらすもので あるときに共鳴的に複合核形成は起こりやすくなる。 中性子吸収過程のほとんどでは複合核形成を伴い、 エネルギーが1~1000 eVの範囲の吸収断面積には非常に幅が狭く高いピークが幾つもあります。
原子炉内の中性子は様々な原子核と弾性衝突してエネルギーを不連続に減らしていきます。 そして、たまたま運悪く このピークに相当するエネルギーを持った中性子は、 核分裂を起こすこと無く吸収されてしまいます。 これを、炉物理では「共鳴吸収」と読んでいます。中性子の損失過程の一つです。

ポテンシャル散乱(形状散乱)
玉突きの球体の運動のように入射中性子が核から受ける力 (核の形、大きさに依存)で決まる散乱。(吸収は起こらない。)

直接相互作用
入射中性子が標的原子核の中の1つの核子とのみ衝突し、核変換や 非弾性衝突を起こす。 原子炉中の中性子には直接相互作用を起こすエネルギーを持つものは 非常に少なく、原子炉の理論では重要ではない。


ウランの複合核

中性子を吸収したウランやトリウムの結合エネルギーをみると、 5MeV台の小さなグループと 6MeV台の大きなグループに大別される。
前者の代表として、U(239)を考えましょう。これは天然ウランのほとんどを占めるU238が中性子を吸収したものです。 ウランの原子番号が偶数であることを思い出すと、 元々は陽子も中性子も偶数でペアを作っていた所に余分の中性子が加わったというのが、U(239)ということになります。
これに対して、ウラン235が中性子を吸収してできたU(236)は、 元々中性時が1つ余っていた所に、新たに中性子を吸収したわけですから、より安定化したといえます。 従って、ウラン235は熱中性子でも核分裂するが、 ウラン238は1MeV以上の高速中性子しか核分裂を起こさないという違いがうまれます。 核分裂断面積のグラフを見ると、この特徴がよく現れている。

核分裂の力学

核分裂のメカニズムはマイトナーにより始めて物理的考察がなされ、 後にボーアやWheelerにより論文化された。

中性子を吸収した複合核が球形(半径R)から変形する。 変形が小さい時の形状を回転楕円体(長径a=R(1+ε)、短径b=R(1+ε)(-1/2)) で近似すると、 質量公式の第4項(表面張力)はΔ Es=+asA(2/3)(2ε2/5)、 第3項(クローン斥力)はΔ Ec=-Z2/A(1/3)2/5) だけ変化する。 いずれも変形の大きさεの2条に比例し、前者はプラズ、後者はマイナスです。 Aが増加するとZもまた一般に増加することを注意し、Z2/A > 49.2 となるような核種は天然に存在できないことが分かる。 変形に対するエネルギー変化がマイナスになって、変形がどんどん増大します。

核燃料となるウランやプルトニウムの核種に中性子を入射した 複合核対しても、変形εが小さいときは Δ E=Δ Es+Δ Ecは正の 値をとり、核の変形がくびれを持つあたりで最大値をとる。 この最大値Efは、歴史的なENIACを使ってFrankelによって 計算された。 235Uは、熱中性子を吸収してB=6.4MeVだけ励起された 236Uになり、Ef=5.3MeVより大きいため 核分裂反応が進行する。
これに対して、238Uは複合核239Uの Ef-Bが正の値であるため、高い運動エネルギーをもつ中性子しか核分裂を起こすことはありません。

完全に分裂してしまった 後のエネルギー変化は質量公式で容易に評価できる。 例えば、236Uに対してΔ E= 2 M(A/2, Z/2) - M(A,Z) は-169MeVになるので、核分裂1回当たり約170MeVのエネルギーが解放されると予想できます。


核分裂破片

核全体の結合エネルギーはA>50で上に凸な関数になっている。 したがって、核分裂後の原子核が元の丁度半分であるときに 最大の結合エネルギーとなる。

実際には、核分裂で生成される2つの破片(Fission Fragment)の大きさは対象ではなく、 A=90~100とA=130~140のあたりにピークを示す、様々な 核種が生まれます。 例えば、235Uの熱中性子による対称な 核分裂破片(A=118)は0.01%に過ぎない。(高いエネルギーをもつ高速中性子の起こす核分裂では、 これは1%程度まで回復する。) これは、原子核の核構造における魔法の数の影響、一種の共鳴と考えられます。

軽い原子核は陽子と中性子の数が等しいものが安定でした。しかし、 陽子を沢山含んだウランの様な原子核は中性子の数が陽子よりかなり大きくなっています。 クーロン反発する陽子を中性子が押さえ込んでいるイメージです。 そのため、核分裂破片の核種も中性子が過剰に含んでいるため、 ベータ崩壊をしやすいものが多く、核分裂後に β線(及びγ線)を放出して安定な核種に崩壊する。(崩壊の速さ、 あるいは放射能強度は核分裂破片の種類によって様々な値を取る。) 核分裂破片の中には、直接中性子を放出する核種もある。

これらの遅発放射線は核分裂から回収されるエネルギーを増す(β崩壊で のニュートリノが運ぶエネルギーは回収されない) ばかりではなく、 連鎖反応が停止した後の崩壊熱の原因となる。 (1回の核分裂で8MeVが核分裂破片からのβ線で、7MeVがγ線で放出される。) これが、使用済み核燃料を冷却する理由であり、冷却系が破損した、TEPCO 1F-NP U1~3の炉心溶融が起った原因です。

即発中性子

核分裂がおこってから10-17秒以内に現れる中性子のこと。 その平均数νは、核分裂を起こす中性子のエネルギーEの1次関数として増大し、 核分裂を起こす核種によっても異なる。大まかには熱中性子に対しては νは2〜3の値で、Eが6MeV増えるとνは1増える。 中性子による核変換(プルトニウム生産など)を積極的に行う増殖炉では、 中性子が沢山生みだされる高速核分裂を積極的に利用する設計になっています。

即発中性子のスペクトル関数は、235Uに対しては
χ = 0.453 e-1.036E sinh((2.29E)0.5)
であるから、平均エネルギーは1.98MeV。従って、νを考慮すると、1回の核分裂でおよそ 5MeVのエネルギーが中性子によって放出されることになる。

遅発中性子

核分裂が起った後で 一部の核分裂破片(またはそれがβ崩壊した娘核種)から一定時間後に放出される中性子。 この先行核の半減期によって6つの群に分けられることが多い。 (i番目の遅発中性子の絶対量はβiνと記述する。)

全遅発中性子の割合β=∑i=16 βi はどの核燃料にたいしても1%未満であるため、エネルギー評価には遅発中性子は それほど重要ではない。(平均エネルギーは即発中性子にくらべてかなり小さい。) むしろ、熱中性子炉の動特性で重要なファクターとなっている。

即発ガンマ線

核分裂の瞬間に放出されるガンマ線。どの核燃料に対しても即発ガンマ線のスペクトルは 近似的に同じで、その形は核分裂破片から出るガンマ線と同じで、平均エネルギーも 7MeV とかわらない。

ニュートリノ

ベータ崩壊に伴うニュートリノが持ち出すエネルギーは損失となりますが、 核分裂をおこさず吸収された中性子が引き起こすガンマ線放出の効果等が炉心に起っていて、 これを補っている。 大まかな常識として、核分裂1回当たり200メガ電子ボルトのエネルギーが得られると考えて良い。


中性子の輸送

低エネルギーの熱中性子が、ウラン235等を核分裂し、平均2MeVの即発中性子を 2〜3個生み出します。 この中性子は、主に減速材の原子核との弾性衝突で減速し(エネルギーを失い)、 炉心の中を輸送され定常的な空間分布を構成し、再び熱中性子として核分裂を起こします。
炉心内の中性子(ある位置である方向にあるエネルギーで運動していた)が 一定時間後にどの位置にどの方向にどのエネルギーで運動するようになるか(輸送理論) は原子炉の問題で重要であるが、厳密な解を得ることは難しい。 (最近では数値計算のコードが作られています。) しかし、ある種の条件の下では単純化された拡散理論(特に単一エネルギーの拡散理論) が、物理的洞察を与えるよい近似解を与えることが知られている。
無限大均質炉
中性子の拡散を考えない(減速のみを考える)モデル。

裸の熱中性子炉
反射材の効果を考慮しない炉心モデル。熱中性子の拡散方程式と年令方程式 で記述される。(フェルミ理論)

多領域原子炉
炉心領域と反射体領域の中性子の拡散を独立に考慮するモデル。 中性子の減速を考慮するには、多群拡散方程式を解く。

非均質原子炉
炉心領域内の燃料と減速材の間の特徴的距離が中性子の平均自由行程 より小さい場合(主に熱中性子に対し)、4因子公式のパラメーターは 均質炉とは異なる評価法が必要になる。詳細はラマーシュの教科書11章を参照。

拡散 理論では、以下の概念が用いられる。
中性子密度(neutron density)
単位体積当たりの中性子数。

中性子束(neutron density)
単位時間に、単位面積を通過する中性子数、あるいは 単位時間に単位体積中のすべての中性子が走った距離の総和を表すスカラー量 (φ=nv)。 多数の中性子の運動が集団として持つ効果を表すためのものさしであって、 中性子の正味の流れとは無関係。(他分野のfluxとは異なる。)

中性子の流れ(neutron current dennsity)
単位時間、単位面積当たりに1方向に流れる正味の中性子数を表すベクトル量。

巨視的断面積(macroscopic cross section)
中性子が物質中を単位長さ進むときの反応の確率を示す。(Σ=n σ) 単位時間、単位体積当たりの反応率は中性子束と巨視的断面積の積で求めることができる。 また、平均自由行程は巨視的断面積の逆数になる。

連続の方程式(中性子拡散方程式)
単位時間当たりの中性子密度の時間変化は、中性子の生成率、吸収率、もれ率のバランスできまる。
∂ n/∂ t = s - Σa φ - div J

定常状態の拡散方程式は中性子束に対する2階の常微分方程式になり、基本的な体形に対する基本解は 解析的に知られている。

フィックの法則
拡散理論の基となる、中性子束と中性子の流れを結びつける簡単な関係。(J=-D grad φ) フィックの法則は、無限大媒質、一様媒質、源なし、等方散乱、中性子束の空間的および時間的変化が小さい という仮定に基づいて導かれる。これらの条件が乱される場合は拡散係数に補正を施すか、より厳密な 輸送理論(ボルツマン方程式)を直接扱う必要がある。

拡散係数、
炉物理においてはフィックの法則に現れる拡散係数は、近似的には D=Σs/(3Σt2)と表され、 長さの次元を持つ。(他分野で出てくる拡散係数とは次元が異なる。)

拡散距離
定常状態の拡散方程式(∇2 φ - φ/L2 = -s/D) に表れる定数Lのことで、L2 = D/Σaで定義される。 Lは長さの次元を持ち、無限媒質中の平面中性子減で生み出される中性子束の緩和距離に相当する。 なお、拡散距離の2条を拡散面積と呼ぶこともあり、点状中性子源から出た中性子が 最終的に吸収される位置までの直線距離の2乗平均の1/6に相当する。

バックリング(湾曲、buckling)
熱中性子束に対する原子炉方程式(中性子束を級数展開する固有関数が 満たす方程式、 ∇2 φT + B2 φT = 0 ) の最小固有値Bg2 を形状(幾何学的)バックリングと呼ぶ。 例えば、3辺の長さがa,b,cの直方体形状の炉心の場合、 Bg2=(π/a)2+(π/b)2+(π/c)2

炉心が大きいほど形状(幾何学的)バックリングは小さくなります。 炉心の大きさや形状はバックリングというパラメーターをとおして、中性子の空間分布、つまり炉心内での輸送に影響を与える。

実効増倍率をB2の関数と見なし、keff=1を解いて求めた Bm2は炉心の物質と組成のみで決まる材料バックリングと呼ぶ。

Bm2 > Bg2は臨界超過であり、 Bm2 < Bg2は臨界未満である。


中性子の減速、熱化

減速領域(切断エネルギーEm ∼ 1eV より大きな中性子エネルギー) では減速材の分子の結合エネルギーは無視でき、減速材の原子核は自由粒子として 取り扱うことができる。
弾性散乱
質量数Aの原子核と弾性散乱した中性子のエネルギーは後方散乱の時に 最も減少し、実験室系で見た元のエネルギーのα=((A-1)/(A+1))2倍になる。 (平均エネルギーは、等方散乱の場合(1+α)/2倍、つまり水素であれば半分になる。)

衝突密度F(E)
エネルギーEの中性子が単位時間に単位体積中で原子核と反応する数として定義される。 F(E)=Σs(E)φ(E)

減速密度q(E)
単位体積中で単位時間にエネルギーE以下に減速されていく中性子数として定義される。 輸送理論またはフェルミ年齢理論で計算される。

水素中の減速
衝突密度は輸送方程式 F(E) = S/E + ∫EE0 F(E')/E' dE' を解いて、F(E)=S/Eと求まる。中性子束はφ(E)=S/(EΣs(E))で いずれも中性子源のエネルギーE0に依存しない。

減速密度は中性子源に等しい。q(E)=S

レサジー(lethargy、不活発度)
衝突密度を表すのにエネルギーの代わりに用いる独立変数。 u=ln(E0/E)で定義され、初期エネルギーでゼロ、エネルギーを失うにつれて正の大きな値をとる。

単位レサージ当たりの衝突密度は一定である。F(u)=E F(E) = S

エネルギー対数減数率(average logarithmic energy decrement)
1衝突当たりのレサジーの平均増加量として定義される。 特に等方散乱の場合には解析的にα=((A-1)/(A+1))2 (Aは減速材の核種の質量数)の関数として表される。 ξ = 1 + α ln α /(1 - α)

軽水が一番減速能力があることが定量的に示される。

重い核中の減速
衝突密度は逐次衝突の方法(中性子を衝突の回数で分類した級数和として求める)、あるいは逐次衝突区間の方法 (中性子をエネルギーの区間で分類する)で求める必要がある。

源のエネルギーより十分小さいエネルギー領域(E < α3 E0) では源の中性子の寄与が無く、F(E)=S/(ξ E)、中性子束はφ(E)=S/(ξ E Σs(E)) と、核固有のξ を用いると水素の場合と同じ式を使って評価できる。

フェルミ年令理論
中性子の減速と輸送を同時に扱う近似理論。 すべての中性子が平均挙動で記述できる(レサジー変化量のばらつきが無視できる)、 レサジー幅ξで衝突密度Fが一定(q(r,u)=ξF(r,u))、 すべてのエネルギー(レサジー)で拡散理論(フィックの法則)が成り立つ(J(r,u)= -D(u) grad φ(r,u)) という仮定を、連続の方程式(div J(r,u) + ∂ q(r,u)/∂ u = 0) に代入し、独立変数をレサジーuからフェルミ年令τ=∫0u D(u')/(ξ Σs(u')) du' =∫EE0 D(E')/(ξ Σs(E') E') dEに変えると ∇2 q(r, τ) = ∂ q(r, τ) /∂ τ (フェルミの年令方程式) が得られる。

フェルミ年令は時間の単位は持たず、減速の間の変位距離という物理的意味を持ちます。

 

減速距離
熱中性子に対するフェルミ年令(源から特定のエネルギーに達した時の変位距離、 移動距離ではない、の2乗平均の1/6 )の平方根。
従って、減速距離の2乗 =∫0 r4 q(r,uT) dr /∫0 6 r2 q(r,uT) dr

減速時間
核分裂中性子が減速領域の下限(1eV)に達するのに要する時間。
tm=2/(ξ Σsvm)


中性子増倍率

核分裂で生まれた中性子を使って次の核分裂を起こす(連鎖反応)と核分裂反応から 膨大なエネルギーを短時間で取り出したり(原子爆弾)、一定の熱出力を長時間にわたって利用すること(動力炉)が 可能となる。後者の様に自立核分裂連鎖反応を制御する時の重要なパラメーターが 増倍率である。

核分裂で生まれた中性子が次の核分裂を引き起こして新たに中性子を発生させるまで を中性子の世代という。ある世代の中性子数と一つ前の世代の中性子数の比を 中性子増倍率kと定義する。

臨界(critical) k=1
世代を経ても中性子の数は変化しない。 最初に中性子を供給した後(供給を止めても) 核分裂の連鎖反応は継続します。(原子炉の運転はこの状態を保っています。)

未臨界(subcritical) k<1
世代を経ると中性子の数は減少する。 中性子の供給を続けないと 核分裂の連鎖反応は維持できない。(炉物理のある種の基礎実験装置や、加速器と組み合わせた廃棄物処理装置はこの状態にとどまっており、 法律上は原子炉とは言えません。)

超過臨界(supercritical) k>1
世代を経ると中性子の数は指数関数的に増加する。 安全な核分裂反応の利用のためには反応度 ρ=(k-1)/kの制御が必要になる。

増倍率は中性子のライフサイクル1世代に起こる物理現象を考慮し、 無限増倍率は4因子公式で k= ε p f η 、 実行増倍率は6因子公式 keff=kPFPT で評価される。
高速中性子核分裂係数 ε
核分裂で生成された直後の高速中性子がU238などを 核分裂させて中性子数を増加させる効果を表し、1より僅かに大きな値です。
ε = 全エネルギー中性子が起こす核分裂による中性子数 /熱中性子が起こす核分裂による中性子数
= 1 + 高速中性子が起こす238Uの核分裂による中性子数 /熱中性子が起こす235Uの核分裂による中性子数

高速中性子がもれない確率 PF
年令理論における熱エネルギー領域への減速密度qT と熱中性子束φqTの関係を、(高速中性子生成)/(熱化中性子数) に代入して
PF=Exp(-B2τT)

Bはバックリング、τTは熱中性子のフェルミ年令です。

共鳴を逃れる確率 p
高速中性子が熱化するまで(減速するまで)に 共鳴吸収(主に238Uに)をされない確率。 具体的な計算については、ラマーシュの教科書第7章を参照。

熱中性子がもれない確率 PT
熱中性子の拡散方程式より、1 - (拡散量)/(拡散+吸収)を計算して、
PT = 1 /(1 + B2LT2)

Bはバックリング、LTは熱中性子の拡散距離です。

熱中性子利用率 f
熱中性子が燃料に吸収される割合(燃料以外に吸収されない割合)
f=Σa(Fuel)/Σa(All)

再生率 η
燃料に吸収された中性子1個当たりに発生する中性子数

η = ν Σf(Fuel)/Σa(Fuel)


臨界近接

未臨界体系に中性子源を挿入し、keffが十分小さな状態から 次第に1に近づけ、逆増倍率1/M=1-keffの変化を調べて( 基準炉心と炉心状態iの中性子束の測定値の比φ0i を測定して) 臨界条件を実現すること。

原子炉の動特性

原子炉が臨界状態にあるとき、諸性質が変化すると臨界超過または臨界未満に なる。 臨界状態を保持すること、あるいは熱出力の異なる別の臨界状態に移行することには、 原子炉の動特性を考えなければなりません。

制御棒(および安全棒)の運動
原子炉の起動や停止時に利用される。中性子吸収上の炉心の 性質(ひいては増倍率)を変化させる。 緊急用の安全棒についても同様。

燃料の燃焼、親物質の転換
時間の経過とともに炉心の核分裂性物質が消費され、増倍率が低下する。 動力炉ではあらかじめ1年程度の燃料消費を見込んで燃料を装荷し、 制御棒で調整している。

濃縮ウラン燃料を用いた原子炉であっても、ウラン238は中性子吸収により プルトニウム239およびその同位体が生成される。長期間の運転に当たっては これらの濃度の把握が必要になる。

妨害物(毒物)の生成
核分裂破片がβ崩壊して生成されるキセノン135、サマリウム149などは 大きな熱中性子吸収断面積を持つため、炉心の増倍率に影響を及ばす。 特に、キセノン135は核分裂の際に直接生成されることもあり、 自身もβ崩壊するため、過渡的な影響は複雑である。 特に、高い中性子束で臨界にあった原子炉が停止した場合、 停止後10時間前後はキセノン135が炉心に蓄積するため、再起動が 不可能になる場合もある。

温度変化
原子炉の温度は運転出力の関数であって、 原子炉のパラメーターの多くは温度に依存する。 従って、出力の変動が臨界状態に影響を及ぼす可能性がある。

正の温度係数αT=dρ/dT ≈ d ln(k)/dTを持った原子炉は 温度変化に対して不安定で、負の温度係数を持つ原子炉は安定である。

       
  • αTT)は、燃料の核種によって正負のいずれも取るが、 239Pu以外は小さい絶対値をとる。
  • αT(f)は燃料と減速材の吸収断面積の温度係数の差で決まるが、普通は非常に小さな値しかとらない。
  • αT(p)はドップラー効果(共鳴吸収の有効幅が温度と伴に増大すること)のために負の大きな値を取る。
  • αT(ε)は小さな値しか取らない。   
  • αT(LT2)は主に体積膨張の効果で正の値を取る。   
  • αTT)は主に密度変化の効果で正の値を取る。
  • αT(B2)は線膨張の効果で負の値を取るが絶対値は小さい。
共鳴吸収物資を含んでいないような特別な炉をのぞいて、pの温度効果により原子炉全体の温度効果は負の値を 取ることが期待できる。

炉心内で冷却材の沸騰を供するBWRなどでは炉心内の気泡量の変化が中性子の減速のむら、ひいては 反応度の変化を引き起こす。気泡係数(気泡量の変化に伴う反応度の変化率)はBWRでは負であるが、 Na冷却の高速中性子炉では正にもねりうる。

環境変化
空冷原子炉の吸収断面積は周囲の大気圧と大気温度(つまり気象条件) に依存する。

事故
冷却管の破損などが起こると、先の温度変化を介して 臨界状態に影響を及ぼす可能性がある。

しかし、東京電力福島第一発電所(TEPCO's Fukushima Daiichi Nuclear Power Stations) の事故では、津波到着前にスクラム(緊急停止)が完了していた。また、 制御系が津波により致命的損傷(炉心から完全に抜けること)が 起こったわけではない。

原子炉の動特性を議論するのには以下の概念を用いる。
反応度
原子炉が臨界状態からずれている程度を示す量、超過倍率(実効増倍率-1)を実効増倍率で割って定義する。 単位は%またはドル。
ρ=(keff -1 )/keff

平均世代寿命(generation time)
核分裂で生まれた中性子が次の核分裂を引き起こすまでの平均時間。 熱中性子炉においては、中性子拡散時間tdと全減速時間tsの和で評価できるが、 後者は無視でき、0.1ミリ秒程度である。高速炉(そして原爆)では、tdは中性子の平均速度に反比例するため 平均世代寿命はtsよりもさらに短くなる。

ただし、遅発中性子にとっては先行核の寿命tiが圧倒的に大きいため、 l=(1-β)lp+∑i=16 βiti により補正が必要である。ウラン235の熱中性子炉では平均世代寿命は0.1秒になる。 (より厳密には、遅発中性子の小さい平均エネルギーを考慮して、実効的な遅発中性子割合 βiExp(B2Tiを用いる必要がある。)

また、有限な大きさの原子炉の場合、熱中性子拡散時間には熱中性子が漏れない確率をかける必要があり、 遅発中性子の効果はますます大きくなる。

ペリオド(原子炉周期)T
原子炉内の中性子束が指数関数的に増減する時のe倍時間。

遅発中性子(およそ1/150の割合)が無視できる場合、 即発中性子平均寿命lp後の核分裂数はk倍になる。 NF(t+lp)=kNF(t) 従って、T=lp/(k-1)=lpk

遅発中性子が無いと、熱中性子炉はわずか0.1%の反応度変化を受けると 1秒の間にさえ10ペリオドを体験する、すなわち中性子束や出力がe10=2.2x104 倍になることになり、極めて制御困難となることがわかる。

一点動特性方程式
無限大原子炉においては反濃度ρが加わった時の中性子の連続の式( -φT + qTa = tdT/dt )の源の項、つまり減速密度は qT =(1-β)kΣa φT +p ∑i λi Ci であり、 先行核の密度は d Ci/dt = βi (k) Σa φTi Ci に従って変化する。

もし、中性子束も先行各密度もExp(ωt)に比例して変化すると仮定すると、ωは ρ=ω td/(1+ω td) +ω /(1+ω td) ∑i βi/(ω + λi) の解になる。 つまり、負の反応度に対しては7個の負の解、正の反応度に対しては 1個の正の解と6個の負の解が求まり、これらの解を用いて中性子束(熱出力)の時間応答が評価できる。

有限の原子炉に対して、原子炉の固有関数の係数を考えると上記の議論はそのまま当てはめられる。 反応度変化により、固有関数が変化を起こしても中性子束分布の高調波成分は時間とともに減衰し 基本モードだけが残る様になる。

遅発中性子が無いと(βi=0)、 熱中性子炉はわずか0.1%の反応度変化を受けても 1秒の間にさえ平均世代寿命(generation time) の10倍に相当するため、 中性子束や出力がe10=2.2 × 104倍になることになり、 極めて制御困難となることがわかります。 もし、ρ < βに正の反応度の印加を制限できれば、 中性子の収支に少数の遅発中性子(一般に エネルギーは即発中性子より低く、1分を超える寿命の先行核から生まれるものもある)の 寄与が重要となり、連鎖反応の制御は容易になります。

即発跳躍
基本モードのみを考慮した場合、定常状態にある原子炉に 反応度ρが印加されると中性子束はβ(1-ρ)/(β-ρ)倍に跳躍する。 もし、ρ > β であれば連鎖反応が即発中性子のみで維持され、非常に危険である。(即発臨界) 特に米国では即発臨界を起こす反応度を1ドル、その100分の1を1セントと呼んでいる。 233Uや239Puは遅発中性子の割合が少ないため、 安全な運転のための印加反応度への制限が厳しい。


キセノン135の毒作用

毒作用は、原子炉の出力を負荷追従するのを困難にしている 原因です。 キセノン(あるいはゼノン)135は主に核分裂生成物(から生まれる)ヨウ素135の崩壊でうまれ、 熱中性子の吸収およびセシウム135への崩壊で失われます。 原子炉の停止(あるいは出力低下)後、10時間程度は半減期の大小関係でキセノン135の濃度は増大し、 改めて原子炉を再スタート(出力維持や上昇)を行おうとしても中性子が足りないという状態にあります。 この効果は、停止前の中性子束(つまり出力)が大きい動力用原子炉ほど重大です。 名称が「毒作用」となっていますが、原子炉の中で化学的な毒物が生まれるという訳ではありません。 原子炉の運転には、この毒作用などに伴う反応度変化を、制御棒の移動によりカバーしきれる様な設計が望まれます。

135Xeの蓄積による毒作用は 主として熱中性子利用率fを低下させるので毒作用による反応度 ρ=(k'-k)/k' は
k=ηPεf exp(-τB2)/(1+L2B2), k'=ηPεf' exp(-τB2)/(1+L2B2)
f=ΣaF/(ΣaFaM), f'=ΣaF/(ΣaFaMaX), ΣaXXX
より、
ρ=(f'-f)/f'=1-f/f' =1-(ΣaFaMaX)/(ΣaFaM) =-ΣaX/(ΣaFaM) =-ΣaX(k/ηPεΣaF) (1+L2B2)/exp(-τB2) =-ΣaX(k/ηPεΣf) (1+L2B2)/exp(-τB2)
となる。 135Xeの生成過程は235U( Σf= (π0.5/2)gf(T)(T0/T)0.5Σf(E0), gf(T0)=0.9759, T0=20度C, Σf(E0)=nσf(E0), σf(E0)=582.2バーン, n=4.833×1022cm-3) に対し
核分裂 --γI=0.061→ 135Te --<0.5分→ 135I
| |
6.7時間
I=2.87×10-5s-1)
|
--γX=0.003-- 135Xe --9.2時間
X=2.09×10-5s-1)→
135Cs --2.6×106年→ 135Ba
従って、135I、135Xeの原子数密度の変化は
dI/dt=γIΣfφTII, dX/dt=λII+γXΣfφTXX-σaXT
一般解は
I(t)=I(0)exp(-λIt)+I(1-exp(-λIt)), IIΣfφTI
X(t)=X(0)exp(-λXt) +X(1-exp(-σaXTX)t)) +IφI/(φTXI)(exp(-λIt)-exp(-σaXTX)t)), X=(γIXfφTaXTX),
φXXaX =0.756×1013(cm-3s-1), φIIaX =1.038×1013(cm-3s-1)

起動時(X(0)=0,I(0)=0)には、I(t)、X(t)はt→∞ でそれぞれ最大値I、Xをとる。
ρ =-σaXX/(ΣaFaM) =-(1/(ΣaFaM)) ((γIXfφT/(φTX))
中性子束が小さい時( φT<<φXでは) ρは中性子束に比例する。
ρ =-((γIXf/((ΣaFaMX))φT
中性子束が大きい時( φT>>φXでは) ρは一定値に漸近する。
ρ =-(γIXf/(ΣaFaM)
従って、235U(η=2.29、ν=2.44)を用いる炉の起動に要する余剰反応度は
=-(γIXf/(ΣaFaM) < -(γIXfaF = -(γIXfa = -(γIX)η/ν=0.06
これは、9.23ドルの余剰反応度に相当する。

停止時(φT=0、つまりI=0、X=0、 ただしX(0)=X、I(0)=Iとし、X(t)の式の Iと共に停止前の中性子束を用いて残す)には I(t)は単調減少するが、X(t)はt=tmで最大値をとる。 ただし、
0=-λXXexp(-λXtm) +IφI/(φXI) (-λIexp(-λItm) +σaXφXexp(-σaXφXtm))
より
tm= (1/(λIX)) ln(IφIλI/ (IφIσaXφXXXXI))) = (1/(λIX)) ln(λI/(λX (1-(X/I)(φXI-1))) = (1/(λIX)) ln(λI/(λX (1-((γIX)/γI) ((φXI)/(φXT))))
X(tm) = Xexp(-λXtm) +(λXI)(IφI/(φXI)-X)exp(-λItm) -IφI/(φXI)exp(-σaXφXtm) = (X-(λXI)X +I) exp(-λXtm) = (((γIXfφT) /(σaXTX)) (1-φXI) +(γIΣfφTaXφI)) (φI/(φX (1-((γIX)/γI) ((φXI)/(φXT)))) X/(λIX)

従って、φT=5×1013及び5×1014 (cm-2s-1)に対し、 235U燃料炉 (Σf(E0)=28.1(cm-1),Σf=24.3(cm-1), σaX =(π0.5/2)gaX(T)(T0/T)0.5 σaX(E0), gaX(T0)=1.1581, σaX(E0)=2.65×106(バーン)、 つまり σaX =2.72×10-18cm2 ) の値を求めると以下のとおりになる。 (ただし、反応度ρの計算では、漏れなしB2=0、臨界k=1、 238Uの共鳴吸収なしP=1、高速核分裂なしε=1と近似した。)
φT(cm-2s-1) 5×1013 5×1014
I(cm-3) 2.58×1018 2.58×1019
X(cm-3) 4.97×1017 5.63×1017
ρ 0.0228(=3.51ドル) 0.0258(=3.98ドル)
tm(s) 3.42×104(=9.5時間) 3.99×104(=11.1時間)
I(tm)(cm-3) 9.67×1017 8.21×1018
X(tm)(cm-3) 1.33×1018 1.13×1019
ρ(tm) 0.0609(=9.38ドル) 0.517(=79.6ドル)


核設計の手順

計算による方法 実験による方法

余剰反応度と反応度抑制効果の関係

PWRの初期炉心は、負の温度係数により炉心の温度上昇に伴う反応度の 減少分3%、毒物質である135Xeの蓄積による反応度減少分6%( 平衡濃度に対し3%、オーバーライドに対し3%)、 149Smによる反応度減少分1%、核燃料の燃焼による反応度減少分10%、 安全停止のための余裕分5%、に相当する25%程度の余剰反応度を持つ。BWRの 余剰反応度も同じ程度である。

このような反応度のすべてを制御棒で抑えることは困難であり、 PWRでは制御棒で6%、燃料に混ぜる可燃性毒物で7%、1次冷却水に混ぜる 液体吸収材で16%の反応度抑制効果を持たせている。 またBWRでは液体吸収剤による化学シムを用いず、制御棒で17%、 可燃性毒物では12%の抑制効果を与える他、135Xeや149Sm などのまったく存在しない新しい炉心ではポイゾンカーテンを用いて 余剰反応度を抑えている。