高速中性子炉、高温ガス炉


本章では核燃料物質の増殖とそのための増殖炉、及び高熱利用のための高温ガス炉について学ぶ。
(参考書) 「原子核物理学」八木浩輔(朝倉書店)、 「原子炉工学大要」長谷川、大田、三石(養賢堂)

核分裂性物質(fissile material)

ウラン、トリウム、プルトニウムは 原子番号Zが偶数である。奇A核である長半減期核種 (233U,235U,239Pu,241Pu ) は中性子を吸収して核分裂を起こすのに必要な エネルギーEfは吸収された中性子の結合エネルギーEn より小さい。 したがって、入射中性子エネルギーの全域にわたって(つまり、非常に遅い中性子でも) 誘導性核分裂が起こる。(核分裂のしきい値がない。)

質量公式によれば、235Uに中性子が1個入射した複合核236Uの 質量は、239Uに比べて1.7MeVほど小さい。つまり、結合エネルギーが大きく、 内部エネルギーとして蓄えられるため(励起状態に置かれるため)、核分裂を起こしやすい。 しかし、ウラン235は天然ウランの0.7%しかないなど、燃料資源として 必ずしも十分ではありません。

親物質

ウラン、トリウム、プルトニウムは 原子番号Zが偶数である。偶A核(あるいは偶偶核)である長半減期核種 (232Th,238U,240Pu,242Pu ) は中性子を吸収して核分裂を起こすのに必要な エネルギーEfは吸収された中性子の結合エネルギーEn より大きい。 したがって、入射中性子エネルギーが Ef-Enに相当するしきい値より速い 中性子によってのみ核分裂が起こる。(トンネル効果は除く。)

これらの核種は中性子捕獲によって分裂性の奇偶核に転換される。 低濃縮ウラン燃料には、多量のウラン238が含まれているため、 使用済み燃料にはかなりの量のプルトニウムが含まれています。

プルトニウムは、点火装置の開発と言う大きなハードルがあるものの、長崎型原爆の 製造に繋がるとして、 その蓄積量が増えることは核セキュリティ上大きな問題となります。 高速中性子炉は、このプルトニウムを主たる燃料とし、消費した燃料より多くのプルトニウムを ウラン238から転換(増殖)することを目的として提案されました。 熱中性子炉の燃料にプルトニウムを混ぜるものをプルサーマル燃料と言い、 2011年の東日本大震災の直前に九州電力で初めて使用されました。その後、多くの原発が停止したため、 日本のプルトニウムの蓄積量は高いままです。


親物質の転換

現在検討されている 親物質の転換過程は主に2つです。 一つは、ウラン238に中性子を吸収させ、ウラン239を生成し、これがベータ崩壊で ネプツニウム239、 そしてプルトニウム239を得るものです。 プルトニウム自身も炉心内でさらに中性子を吸収するため、プルトニウム240や プルトニウム241も同時に生成されます。

プルトニウム240はウラン238と同様に熱中性子による核分裂は起こしません。 しかし、放っておくと自発核分裂を起こす確率が、ウラン238やプルトニウム239より 1万倍程度大きくなっています。したがって、一定の確率で小規模の核分裂中性子が 生まれていることになります。そのため、プルトニウム239の濃縮度が93%、 つまりプルトニウム240が7%以上になると 一気に核分裂連鎖反応を起こす原爆は作れないと言われています。

これが、長崎型原爆で点火装置の製作が難しい理由になっています。 未臨界状態のプルトニウム内でも、Pu240を種とした少数の核分裂連鎖反応が絶えず起るためです。 爆弾として使うためには、一度に大量の核分裂反応を起こす必要があります。 最近のインプロージョン式原爆(長崎型)で 重水素リチウムを点火しDT核融合を起こし、 さらに14MeVの核融合中性子で、天然ウランダンパーを核分裂させるという、三段構えになっているそうです。

マンハッタン計画では、原爆用のプルトニウムを作る際に、 短いサイクルで燃料を取り出し、Pu240やPu241に変わる前にPu239を取り出すと言う工夫もされていたそうです。

もう一つの変換過程は、トリウム232に中性子を吸収させ、トリウム233を生成し、 これがベータ崩壊でプロトアクチニウム233、そしてウラン233を得るものです。 ウラン233は、ウラン235よりも短寿命で、α崩壊してトリウム229に変わります。 天然ウランからウラン235を濃縮するよりは、トリウムからウラン233を取り出すほうが はるかに容易であり、インドではこのトリウム炉の開発を進めていると聞いています。

238U --(n,γ)→ 239U
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β-(23.5 s)
239Np
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β-(2.35 d)
239Pu --(n,γ)→ 240Pu --(n,γ)→ 241Pu
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β-(13 y)
241Am
231Th --β,γ(24.6 h)→ 231Pa
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(n,2n) (n,γ)
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232Th 232Pa --β,γ(1.32 d)→ 232U
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(n,γ) (n,γ) (n,γ)
233Th --β,γ(23.5 m)→ 233Pa --β,γ(27.4 d)→ 233U
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α(1.6×105 y) ---
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229Th


増殖炉

原子炉において核分裂連鎖反応を維持するのに用いられるフィッサイル燃料と 同等以上の燃料がファータイルより転換されるもの(増殖費が1以上のもの)

1回の核分裂で生み出される即発中性子のうち、1個は連鎖反応の維持に、 さらに、親物質の転換に1個使われるとすると、増殖炉を作るのには 核分裂生核種の再生率が2より大きくなければなりません。

239Puの再生率η は高速中性子領域で大きくなるため、増殖には高速中性子炉の利用が不可欠になる。 233Uの再生率η は熱中性子領域でも比較的大きいために熱中性子炉での増殖の可能性がある。


高速中性子炉

核分裂連鎖反応が主として高速中性子(平均数100keV)によって維持される。

核分裂中性子(平均2MeV)は燃料や構造材との非弾性散乱のみによって1MeV以下の エネルギーまで低下させられるので、炉心には減速材は不要で炉心寸法を 小さくできる。他方高速中性子領域の核分裂断面積は熱中性子領域の 1/100程度しかなく、多くの燃料(フィッサイル核の濃度の大きな燃料) を用いなければ臨界質量が大きくなっているため連鎖反応を維持できない。

したがって高速中性子炉では狭い範囲で多量の熱を発生するので、熱伝導率が 大きく、且つまた中性子のエネルギーを弾性散乱で低下させない程度に 質量数の大きな冷却材(液体ナトリウムなど)を用いる必要がある。 冷却系も炉心を通り放射化を受ける1次系と、ここから蒸気タービンを含んだ水冷却系に 熱を伝える2次系からなります。

同様に反射材の質量数も大きい必要がある。(実際には親物質からなるブランケット で炉心を覆って反射材の役割も担わせつつ増殖を行わせている。)

構造材への中性子吸収による増倍率への影響は重要ではないが、 放射線損傷が大きく、燃料の炉内の滞在寿命が短くなる。

分裂生成物の毒作用の心配が少ない代わりに有効な制御材が なく、中性子寿命が短いこともあって制御は難しい。


液体ナトリウム技術

水やヘリウムガスに比べて液体ナトリウム冷却材は 以下の特徴を持つ。


高速臨界集合体 FCA

1967年の初臨界のから高速炉の炉物理実験(特にプルトニウム燃料) が行われ、常陽やもんじゅ建設の基礎データを提供してきたが、 燃料組成や炉心形状の自由度が大きく、1980年頃から 高速炉体系のみならず、多種多様な炉心を模擬した体系の実験が 行われている。

高速増殖炉(実験炉)常陽

1977年の初臨界から高速炉開発の基礎実験のほか、中性子照射実験 などが行われていたが、2007年燃料棒交換機の事故の後は休止中。

高速増殖原型炉もんじゅ

1994年に初臨界に達したが、翌年のナトリウム漏洩事故、 2010年の中継装置落下事故(および、その間の動燃の解体)で 実可動期間は短く、予定されていたMOX燃料の試験などが出来ないままで廃炉が決まりました。

しかし、ナトリウム冷却の実用炉の設計研究は 今も続けられています。 また、多くの国で商用炉の建設が進められています。各国の事情はいろいろあると思いますが、 プルトニウムの蓄積量減少がその背景の一つではないでしょうか?


高温ガス炉

軽水炉が用いている水は、冷却材として非常に優れた性質を持っていますが、 唯一の欠点が低い沸点です。かなりの圧力をかけているのですが炉心出口の 温度が摂氏300度程度が限界です。熱力学の教える所によれば、発電の熱効率が動作流体の温度に依存するため、 発電プラント全体の性能にも制限がかかることになります。

化学的に安定なヘリウムを冷却材として用い、 セラミックスを燃料被覆材に用いることにより1000度C近くの 出口温度と高い燃焼度を実現。

そのため、高効率の発電のみならず、熱供給(冷暖房、淡水化)、水素製造 などの用途も考えられる。 特に水素は今後の輸送機関の燃料として気体されていますが、水を電気分解して 作るのでは、 発電効率や廃熱による温暖化?から現実的ではありません。 (太陽光発電の電力で水を電気分解するのも同じ理由で好ましくありません。) 大規模な水の熱分解プラントの整備が待ち望まれます。

核融合炉では、重水素および三重水素を燃料とすることが 想定されています。 後者はリチウムに中性子を吸収させて生成する必要があります。九大の松浦が、 最初の核融合炉のトリチウム(三重水素)燃料の 製造にHTTR(High Temperature engineering Test Reactor)を使うことを 提案している。

また、炉心の熱容量が大きく出力密度が小さいため、反応度異常や冷却材喪失事故時の 温度上昇が小さい、中性子寿命が長く出力上昇の時定数が長く制御しやすい、 被覆材や構造材が高温に耐え、冷却材との化学反応も起こらないと期待できるなどの 安全性に優れた点が多い。

なお、チェルノブイリ炉も黒鉛減速炉であったが、冷却材として用いていた軽水が 運転操作ミスにより多量の蒸気となり、 圧力管破断と原子炉建家の破壊を引き起こした。 さらに、水素爆発や炭素と蒸気の反応、外部からの自然対流による酸素供給で 長時間の黒鉛火災となった。従って、ガス冷却炉では同様の事故は 起こり得ないと考えて良い。

黒鉛減速材を中心に、燃料をその周りに配置した環状炉心は 冷却材喪失事故時のピーク温度を低く下げる可能性があるため 研究がなされている。

あるタイミングで冷却材であるヘリウムの供給を停止してみましょう。 燃料の平均温度は僅かに増加しますが、これによりウラン238による中性子の共鳴吸収が増大するため、 臨界状態を維持できなくなり原子炉出力がゼロになります。 引き続いて燃料の温度が低下して、その後長時間が経過しても、 東電福島第一発電所の軽水炉で起った様な炉心溶融を起こすことはありません。

ドイツのAVR (Arbeitsgemeinschaft VersuchsReaktor) 研究開発連合実験炉.でも 同様の実験が行われました。いったん核燃料が 再臨界したものの、 出力は小さい値にとどまっています。このような自己安定性は、HTTRの、制御棒引き抜き実験でも確認されています。 燃料および減速材の温度が一定値に 保たれることが示されています。

高温ガス炉の開発は、ドイツおよびアメリカで進められてきました。ドイツでの原子力研究は停止しましたが、 欧米以外にもアジア(中国、韓国、インドネシア、カザフスタンなど)でも 開発が進められています。

今世紀のエネルギー政策において、今日見て来た高速増殖炉や高温ガス炉は、 核融合炉よりもはるかに現実的なオプションの一つとして考えなければならないと思います。