シンクロトロン


サイクロトロンでは2πf=[eB/m]という共鳴条件を 使っていたが、粒子エネルギーが増してくるとmが相対論的増加を 起こして共鳴から外れてしまう。共鳴加速をさらに続けるためには Bを次第に増すかfを下げるか、または両方を併用することが 考えられる。当然イオン・ビームはB、fの変化に同期した ばあいにのみ、高いエネルギーまで加速されるので強度が減る。

一方ベータトロンは相対論の効果は効いてこないけれども、 制動放射による損失が生じて誘導加速ができなくなることが わかった。 さらに両加速器とも、エネルギーを上げるためには軌道半径を 大きくする必要があり、そのために電磁石重量は巨大なものと なってしまう。このようないくつかの欠点を克服するような 加速方式を見つけることが重要となった。


相対性理論による関係式

粒子の速度vが真空中の光速cに近い時、 β=v/cは1に近く、 相対論因子γ=1/(1-β2)0.5は幾らでも大きくなります。 相対性理論では、粒子の運動量はP=γmv = γβmc、運動エネルギーはK=(γ-1)mc2です。

従って、相対論因子はPやKと、 γ= ((P/mc)2 +1)0.5 = K/mc2 + 1 という関係にあります。 つまり、速度vが小さい非相対論の場合は運動エネルギーがvの2乗に比例するため、運動量の2乗に比例します。


加速の原理

シンクロトロンでは 磁場をエネルギーの増加に合わせて時間とともに変化させ、 軌道半径を一定に保ちながら高周波の加速空洞を配置し、 この部分で荷電粒子を加速します。真空容器を円盤ではなく、巨大なトーラス細管とし、 電磁石のサイズも小型化できます。 高周波電場の周波数fも、荷電粒子の速度 に同調して増加させていきます。

vがほとんど光速cになると、運動エネルギーは運動量に比例します。 シンクロトロンのビームラインは必ずしも円形ではありませんが、 実効的な曲率半径をRとすると、ビームラインの周回周波数は  ω = v/R = (c/R)β = (c/R)(1-1/γ2)0.5
当然これは、ビームライン中の空洞に印可する高周波の 周波数に合わせないといけません。 また磁場は B= P/qR = (mc/qR)(γ2-1)0.5 のようにγの値に応じて増やさないといけません。
加速用空洞を通過する毎に、運動量(即ちγ)が増大するので、空洞に印加される 高周波の振幅を指定すると、ωとBの時間変化を求めることができます。
電子は MeV のエネルギーで殆ど光速度 cの速さをもつから、 電子シンクロトロンでは 高周波の周波数f=ω/2πは、ほぼ一定となります。 こでこの fをもって加速間隙を通る電子を加速し続け、 次第に 高エネルギーに上げていく。 同時に 磁界 B を強くして、電子がいつも安定軌道 r0 をまわるようにする 必要があります。
陽子や重粒子は光の速度よりかなり遅く、印加される加速電場の周波数も時間的に変化し、 周回時間も一定ではない。 しかし、粒子のエネルギー増加に合わせてfやBを増加して周回経路を一定に保つことができます。

さてサイクロトロンでは安定位相φsは 0 ~ π/2の間にあって、一般に φs 30 ° が選ばれていた。 安定位相はここに限られるのであろうか。 位相図 でAの位相にあった粒子は強い加速をうけて、 次のサイクルではA'に移り、さらにA"に移る。 こうしてCをへて減速電界に入るが、慣性によって B"B'B となり、逆戻りして BB'B"CA"A'A のように振動する。 従ってCは新たな位相安定点である。 こうしてfが下がってくると、粒子はいつも加速域に 位相安定点を移しつつこのまわりを振動するから、 だんだん加速されてくる。このように φs ~ π/2の安定点を利用して高周波電界による 加速を行なうのが シンクロトロン (synchrotron) であって、1945年マクミラン(McMillan)とヴェクスラー(Veksler) が独立に発見した。

シンクロトン加速法によると、加速粒子がなんであっても、 その相対論的質量増加をうまくのりこえてどんな高エネルギーに でも加速できることになる。そこでサイクロトロン加速の 途中からシンクロトロン加速にのりかえる シンクロ・サイクロトロン (synchro-cyclotron) がまず実用になった。その後電磁石重量を大幅に減らす強集束原理が発見されて、 殆どシンクロトロンだけで高エネルギーに加速する方式が実用されるように なった。陽子に対して プロトン・シンクロトロンが、 電子に対して エレクトロン・シンクロトロン がそれぞれ作られている。

イオン・ビームを磁界の中央から 加速しようとすると大量の電磁石材料が入用になってしまう。 そこでビームを安定軌道付近でのみ加速するならば、 電磁石重量は大幅に節約できるであろう。 こういった電磁石として 強集束型 (strong focusing) が発明された。その詳細はあとでのべるが、要するに磁界 n値の絶対値が極めて大きいものを弧状に並べるのである。

このようにすると必要な磁界は安定軌道r0に沿ったごく一部であり、 さらにイオン・ビームはr、z方向に細かく振動しつつ 強く集束するのでビーム強度の大きい高エネルギー粒子がえられる。

エレクトロン・シンクロトロン

ベータトロンでは磁界Bz r-n (0 < n < 1) を満足する安定軌道 r0附近だけが必要であり、 従って加速管はドーナツ状の小さなもので足りた。 しかしこのような磁界を作り出す電磁石は、r0が 大きくなると忽ち大重量となってしまう。 ところが強集束型では、n << 0とn >> 1 の2種の磁界を組み合わせるため、電磁石自身もドーナツ 状をした 配置で足りることになり、 重量も大幅に節約できる。

加速管もやはりドーナツ状をした扁平なもので足り、 その一部が絶縁管となっていて、ここに高周波加速電界が できる。ところで電子はMeVのエネルギーで殆ど 光速度cの速さをもつから、高周波の周波数は
f ×2 πr0 c
(7.1)
で与えられることになり、ほぼ一定となる。 そこでこのfをもって加速間隙を通る電子を 加速し続け、次第に高エネルギーに上げていく、同時に 磁界Bを強くして、電子がいつも安定軌道r0を まわるようにする。

加速の初めは巾2 μsの程度のパルス電子入射を行い。 ベータトロン加速でK ~ 2MeVぐらいに上げ、以後シンクロトロン 加速に切替える。 例えばr0=30cmのとき途中で f=160MHzの高周波加速によって K ~ 70MeVにできる。 最近はもっと高エネルギーのGeV級シンクロトロンが 作られており、このばあいは電子線型加速器で 予め数100MeVに予備加速してドーナツに入射する。

プロトン・シンクロトロン

エレクトロン・シンクロトロンと同様なリング状強集束電磁石を配列し、 一定半径r0のところを高周波加速によって次第にエネルギーを上げていく。 この方式を陽子に適用したのが プロトン・シンクロトロン (proton synchrotron) である。ただしすべての寸法が巨大になること、 高周波fも磁場Bもエネルギーとともに上昇して行く。

例として筑波の高エネルギー物理学研究所(KEK)にある 12GeVの器械についてのべる。この加速器は

入射器 750kVコッククロフト+20MeV線型加速器
ブースター 500MeVシンクロトロン
主加速器 12GeVシンクロトロン
から構成されている。500MeVブースター加速器が分れた理由は、 これだけでπ+- 中間子実験が可能であることによる。

まず強力なイオン源から数100mAピークの プロトン・ビームを発生し、750kV加速器で 予備加速して線型加速器に入射する。 ビームは巾500 μsのパルス状であり、 線型加速器はアルバレ型で20Hzのくり返し、91個の ドリフト・チューブ間で20MeV、ピーク100mAに加速される。 これがブースター・シンクロトロンに入射される。

ブースターはくり返し20Hzで運転されるシンクロトロンであり、 周辺8ヵ所に高周波加速部が置かれている。電磁石は1 ~ 11kG の間を変化し、最終的にパルスあたり500MeV、6 ×1011個 のプロトンを発生しメイン・リングに打ち込まれる。

メイン・リングは48個の電磁石が配列され、くり返し0.5Hzで運転される。 このとき
B: 1.5 17.5 kG

f: 6.02 7.99 MHz (4 ヵ所)
と変化し、最終的に
12 GeV, パルスあたり 2 ×1012 個プロトン
が発生する。すなわちブースターからのプロトンがリング内に ある程度蓄えられてのち、さらにシンクロトロン加速をうけることに なる。

プロトン・ビームは ~ 4 ×105回リングをまわり、 1週あたり ~ 30keVのエネルギー増加を受ける。 タイミング 図は入射から出射まで、メイン・リング でのB、fの変化を示している。

40GeV陽子シンクロトロン
最高エネルギー 陽子40GeV
ビーム電流 0.1 mA
くり返し 2秒に1回
入射器 100MeV線型加速器
ビーム・チャンネル 6本
回転数 2 ×105
電磁石
最大磁束密度 12500ガウス
曲率半径 110m
個数 264
総重量 4200ton
高周波加速空洞
個数 16
高周波電圧 24kV
周波数 2.45 ~ 5.94 Mc/s
空洞電力 ~ 15kW/空洞
加速エネルギー ~ 200keV/回
タイミング図にはこのシンクロトロンの入射器から 巾500 μsの陽子ビームが軌道に入ってから 磁界と高周波がどのように変化するかを示したものである。

シンクロトロンの特徴と用途

シンクロトロンは、電子あるいは陽子を円形軌道上でくり返し加速し、 GeV領域の高エネルギーを出して、この領域での物理現象を 探求するのが主目的である。そこで 円軌道の途中からビームを直線的にとり出し、ターゲットに 当てて二次粒子を放出させ、これらの測定や解析を行なう。
放医研の重イオンシンクロトロンを用いたガン治療には、 体内でのエネルギー吸収分布が非常にシャープなピークを示す (ビームの飛程ギリギリにほとんどのエネンルギーを与える)炭素ビームなどが 優れていると考えられています。

より高いエネルギーを得るために、2つのシンクロトロンから取出したビームを対向衝突させ、 一気に高エネルギーを得る方式、対向衝突ビーム法 (colliding beam method)が試みられています。 簡単な力学計算から分かりますが、停止したターゲットにビームをぶっつけても、 実効的な反応に寄与する相対エネルギーはビームエネルギーの半分です(ビームとターゲットが同じ粒子の場合)。 これに対して、対向ビームの場合、ビームエネルギーの2倍が反応に寄与します。 空洞での加速に高周波電圧ではなく、誘導加速を用いる誘導シンクロトロンが 高エネルギー研で提案されています。

電子シンクロトロンでは、軌道の接線方向に軌道放射光と呼ばれる 紫外領域の光が放出されることから、紫外光源として物性実験に 広く利用されるようになってきた。 このばあい、むしろ線型加速器で強力な電子ビームを出し、 これをシンクロトロン内に入射して、とくに加速するよりも 起動放射で失われるエネルギーを補いつつ、長時間電子を 軌道上に保持しつつ、放射光を出させる方式がとられている。 このためにはドーナツ軌道管内の真空は極めて高度に保つ 必要がある。軌道放射光のことを シンクロトロン放射 (synchrotron radiation) ともいい、電子を軌道上に長く保つ方式を SOR (strage orbit ring)という。

わが国では

東大核研 2GeV 電子シンクロトロン (最近は物性研究)
高エネルギー研 12GeV 陽子シンクロトロン (高エネルギー物理研究)
光実験所 2GeV SOR (紫外線源、物性研究)
がある。

なお2つのシンクロトロンから取出したビームを対向衝突させ、 一気に高エネルギーを得る方式を 対向衝突ビーム法 (colliding beam method) という。

円形加速器の利点はビーム軌道を曲げて狭い場所で くり返し加速を行なうことにあり、サイクロトロン、 ベータトロン、シンクロトロンが代表的な器械である。 なお電子をサイクロトロン式に加速するものとして マイクロトロン (microtron) とよばれるものがあり、これはマイクロ波空洞と磁界を 組み合わせたものである。原理的には面白いが、 線型加速器やベータトロンに比べると厄介であって 実用化されなかった。