安全取扱い


放射線発生装置の利用には、その動作原理のりかいのみならず 法令に定められた安全取扱の理解と実践が必須である。

放射線作業従事者への教育訓練


研究推進機構の放射線施設では、毎年放射線作業従事者への教育訓練を行っています。 そこでは、安全取扱のための法令に関した講義も行っています。 コロナ禍においても、法令上、教育訓練を行うことが定められていますので、 様々な方向を模索して、実施されました。

特に受講資格に制限はありませんので、放射線管理の法令に関して興味があれば、 参加して頂いても良いかも知れません。 直接放射線に関係ないと思っている研究室であっても、 教授の先生から従事者訓練を受けるように指示される場合もあります。 それは、X線を利用した分析装置を持っていたり、学外の共同利用放射線施設に行ったりすることがあるからです。 特に分析器を含めた、放射線発生装置の利用には、その動作原理の理解のみならず法令に定められた 安全取扱の理解と実践が必須となります。

RI規制法の「規制」は、作業者および公衆の安全と、いわゆる核セキュリティの確保のため、 放射線の使用法に規制を加えるのであって、放射線の利用そのものを規制するものではありません。 このことは、RI規制法の親とみなせる原子力基本法で、 「原子力の研究、関発及び利用を推進することによって、 将来におけるエネルギー資源を確保し学術の進歩と産業の振興とを図り、 もって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与する」 となっていることからも明らかです。


法令上の対象

放射線発生装置などの管理を定めている法律は「放射性同位元素等の規制に関する法律」、通称RI規制法ですが、 国会で審議、制定されるこの法律で全てが定められている訳ではありません。 RI規制法に基づいて、内閣が定めるRI規制法施行令のリストに対象とする装置が 定められています。 最後の原子力規制委員会が定めるものには、マイクロトロンや最先端の核癒合実験装置が含まれます。

法令で規程されている放射線発生装置のうちでも、 以下のものは 規制対象になりません。

  1. 装置表面から10cm離れた位置における1cm線量当量率 600 nSv/hを超えないもの
  2. エネルギーが1MeV未満の電子線及びX線を発生する装置
    しかし、医療やいわゆる物性研究といった特殊な条件で使用する 大学等ではX発生装置の取扱者にも教育訓練が望ましい。 (法人化前は人事院規則で教育訓練が定められていた。) 現在は、労安法及び電離則で作業者の安全を守ることを求められる。

非破壊検査の目的等「移動使用」を申請できる場合もあるが、 通常は、密封RI線源と同様の使用施設を定めて、変更の場合は届出が必要。

装置を7日以上停止していた場合、必要な掲示を行って上で、一時的に管理区域外とみなして 工事や改造を行うことができる特例がある。

事務職員にも法令や予防規程などの教育を行うのが望ましいとされています。

管理上の注意

  1. 事業(研究、教育を含む)を始める前に許可を得るのは、今では原子力規制委員会です。 文部科学大臣だったのは2011年までです。 (古い資料ではこの点が反映されていないものがあります。) 施設を作った後には、 事業開始前に施設検査をうけ、さらに定期的に定期検査・定期確認や 立入検査を受ける必要があります。
  2. 許可(承認)を受けている加速粒子の種類、最高加速エネルギー、 最大ビーム電流(または最大出力)を超えた運転があってはならない。 拡張テストにおいても変更許可(承認)を受ける必要がある。
  3. 共同利用研究者は所属機関での放射線作業従事者であることが必要。 被ばくや教育訓練等の管理情報を共有し、個人管理ができる体制を 所属期間は整える必要があります。 これがないと、例えば学外のspring-8などの放射線施設での研究もできません。

    広いエネルギー範囲の多種類の放射線に対応した線量計を共同利用者に支給し、 必要があれば発生装置の運転方式や安全システムについての講習を行うことが求められます。 研究室の小さなX線装置であっても、このように装置管理の情報はきちんと伝承されなくてはなりません。

  4. これらの現場に置ける注意事項は、法律や政令に細かく定められているわけではなく、 放射線利用事業所毎に定める、放射線障害予防規程に記載されています。 研究推進機構の放射線障害予防規程の全文は公立大学法人大阪のページで公開されています。

    研究推進機構には直線加速器(ライナック)とコッククロフト・ワルトン加速器の2種類の加速器があります。 どちらも電子を加速するものですが、後者では500keV程度のエネルギーまでしか達しませんので、 法律上は放射線発生装置としての規制は受けません。

    個々の装置や設備、操作などについては、下部規定である予防規定実施細則で細かく規定しています。 項目名だけを挙げると、以下の様なものがあります。
    インターロック設備、自動表示装置・表示灯設備、放送設備・監視カメラ設備、 非常停止スイッチ、遮蔽扉、放射線発生装置の出力、標識・注意事項掲示 エリアモニタ・排気モニタ、遮蔽状況

  5. 装置管理者は共同利用者との十分な打合せを通し、 ビームラインの共用をはかる。 利用者は自分の実験時以外も二次発生ビーム等に 注意する。
  6. 装置の誤動作による事故に対する安全管理体制を設けるだけでなく、 注意体制(判断に迷う事象から複数の施設との情報共有が必要な事象まで) における情報収集や非難体制を確立する。 さらに技術的な評価審議や不断の教育訓練も実施する。
  7. 医療利用においては、従事じゃのチームを形成し、装置の原理、構成、などの再教育 を行い、被ばく事故のみならず医療過誤を避ける。 PET用短寿命RI生成用サイクロトロンの運用には、空調管理を含めた 非密封RIの管理体制の維持が求められる。

装置や設備。操作

  1. インターロック設備
    装置室入口ドアが閉じていなければ放射線発生装置は運転できない ようにする。 例えば、室外の操作卓の安全キーを使って扉を開閉し、 キーが無ければ放射線発生装置の運転ができなくする。
  2. 自動表示装置・表示灯設備
    制御室、実験計測室、屋外などに装置の運転中を知らせる。
  3. 放送設備・監視カメラ設備
    運転準備状態で装置室内にアナウンスを行い、運転に移る前に 時間をおき、装置室内に人がいなくなったことを確認する。 装置室内から応答可能な設備も望ましい。
  4. 非常停止スイッチ
    装置室内に人が残っているとき、早期の非常停止スイッチを室内から 押せる様にする。
  5. 遮蔽扉
    扉の移動中はブザー音で注意喚起するとともに、非常停止の スイッチを用意する。
  6. 放射線発生装置の出力
    ビーム電流等の指令値と出力値の偏差が生じたとき 電源を停止する。ビーム取り出し用電磁石の過大電流 に対しても適切な電源停止リミットを設定する。
  7. 標識・注意事項掲示
    目に着き易い所に掲示する。
  8. エリアモニタ・排気モニタ
    動作確認と校正が重要。 気体状放射化物のリーク時は ビームの停止や排気系統の閉止により 閉じ込め可能となるようにする。
  9. 遮蔽状況
    6MeVを超える電子リニアックでは光核反応に よる中性子の発生、ストリーミングに注意する。 パラフィンやポリエリレンで減速し、ボロン等で 吸収する。

線量当量

実際の被ばく状況を測定するときに、 推定値または上限値を提供する目的で「実用量」が使われています。 1センチメートル線量等量は、 ガン発生のリスクの大きさを示す実効線量(effective dose)の代替として使われています。 単位はどちらもシーベルトですが、この違いをきちんと把握しておいてください。

実効線量はガンの発生リスクを定量化し、被ばくの影響と限度を定めたものですが、測定することはできません。 線量等量は、あるモデルを仮定するものの、測定できる量です。

国際放射線防護委員会ICRPは、測定量のトレーサビリティを担保することを求め、 この線量単位の整理を勧告しています。近いうちにここの内容を変更する必要があるかもしれません。

放射化物

平成23年には、RI規制法の前身の放射線障害防止法で放射化物の規制が追加されました。 ここで言う放射化物は「放射線発生装置から発生した放射線により生じた放射線を放出する 同位元素によって汚染された物」で、 核子あたりの最大加速エネルギー2.5MeV以上のイオン加速器や、 最大加速エネルギー6MeV以上の電子加速器では問題となります。

研究推進機構でも電子ライナックが該当するため、 放射化物用の保管廃棄設備を設け、 記帳(種類、数量、保管期間、 方法、場所、保管氏名)を作成しています。

1次ビームによるターゲット(まれには本体やビーム輸送系)の放射化、 2次中性子による周辺機器、空気などの放射化がある。 装置停止後の従事者の被ばく原因となる。(放射化した空気による 内部被ばくを含む。) 大規模な装置ほど停止後の被ばく低減が問題となる。

  1. 空気の放射化は2次中性子による核変換が主要因。
    14N (n, 2n) 13N (半減期 約10分)
    16O (n, 2n) 15O (半減期 約2分)
    40Ar (n, γ) 41Ar (半減期 約1.8時間)

    1次ビームエネルギーが100 MeV/nucleon を超えると、核破砕により 3H (半減期 約12年, β線 <18.6 keV)、 7Be (半減期 約53日)、 11C (半減期 約20分)などの生成も問題になる。

    平成24年の法改正で排水や排気のRIの濃度監視が必要となり、 室内の3ヶ月平均濃度が限度の10分の1を超える時は排気設備が必要。 (医療用リニアックでX線最大エネルギーが15MeV以下の場合は不要。)

  2. ビーム照射された金属状の装置箇所がもろくなり微粒子として飛散する可能性がある。
    鉄からは 54Mn (半減期 約312日)、 55Fe (半減期 約2.7年, EC + X線 5.9keV)、 56Mn (半減期 約2.6時間)、 59Fe (半減期 約44日)、
    銅からは 64Cu (半減期 約13時間)、 65Ni (半減期 約2.5時間)、 65Zn (半減期 約244日)、 60Co (半減期 約5.3年)、 63Ni (半減期 約100年, β線 <66.9 keV)、
    アルミニウムからは 24Na (半減期 約15時間)、 22Na (半減期 約2.6年)、
    が生成される。特に低エネルギー放射線を出すRIは測定が困難。 ターゲット、工具、部品等を管理区域外に持ち出さない様な管理体制が大切。

    放射化物は非密封RIで汚染されたものと同様の規制をうけるが、 装置に組み込まれたものあるいは組み込む用途のものは この管理外である。(非密封RIと異なり再使用が認められる。) それ以外のものは保管廃棄設備を設け、記帳(種類、数量、保管期間、 方法、場所、保管氏名)を作成する。

    放射化物の管理と被ばく防止には、計算コードによる放射化の程度、範囲の決定 のみならず、 濃度の実測との比較によるコードの検証を行う。この際に、 装置の詳細と運転履歴が必要である。

記録、帳簿

放射線発生装置の使用記録には
装置の種類、 使用日時、目的、方法、条件、場所、 従事者氏名
を記載することが求められる。

通常、運転記録(ビームエネルギー、コース、電流、ターゲット種類、実験時間) に予防規程に定める項目(週あたりの使用時間等)を記載して代用する。 施設点検記録と教育訓練記録の管理も必要。

RIの製造を目的とする時は、汚染管理区域を分けて管理することが好ましく、 生成した放射能量が、許可された施設の1日最大使用量を超えないことをチェックする システムを設けなければならない。

低エネルギーX線装置

X線は、電子ビームの制動放射で生成されます。元になる電子のエネルギーは非常に広い範囲にわたっています。 すでに説明した様に、1MeV未満のX線発生装置や電子顕微鏡等は通常の使用方法では被ばくは無いとみなされ、 RI規制法の対象からは離れています。

しかし、特殊な条件で使用する大学等ではX発生装置の取扱者(学生、事務職員も)にも教育訓練や被ばく管理が望ましいです。 労働安全衛生法を実施するため定められた電離放射線障害防止規則 第一条で、
事業者は、労働者が電離放射線を受けることをできるだけ少なくするように努めなければならない
と 定められています。この電離則では、1MeV未満のX線や電子線も放射線として被ばく管理する様に求められています。 工学や理学の研究室にもそのような機器がある場合があります。責任者は被ばく量が法令の限度を 超えていないことを担保しなければなりません。 この被ばく管理に関して進められているクルックス管プロジェクトを簡単に紹介します。
数年前のオープンラボで、クルックス管を運転すると霧箱というデモンストレーション用の放射線検出器で X線が可視化されました。このX線はクルックス管の内壁で発生し、 エネルギーが5keVなら管外に出てきませんが、30keVならガラスでの遮蔽がほとんどなく、 かなりの線量の被ばくを引き起こす可能性があります。 X線がどのような方向にどのようなエネルギーで発生するかを計算したり測定したりして、 被ばく線量を押さえるにはどうすると良いかのガイドラインを作成、保健物理学会を通して 中学校の先生達に発信しています。