イオン幾何光学


磁界を利用した円形加速器がいろいろでてきたが、 とくにこれらではイオン・ビームに対する電界、磁界の集束作用が 重要であることがわかった。しかしなぜ集束するかについては 充分な説明がなされていない。そこでこの章では、電磁界のもとでの イオンの一般運動を解き、どのような場合に集束か発散かを考えることに する。 この議論は、レンズで光を集束することと対応していますので、イオン幾何光学とも呼ばれています。

電磁界中での荷電粒子の運動方程式

加速器内の電磁場を考える時には、ビーム電流や電荷の寄与を無視して 真空中の電磁場として外部(電極や磁石)から与えられたものと考えます。 また、イオンの運動に比べて、電界や磁界が極めてゆっくりと変動するとしましょう。

さてマックスウェルの電磁方程式は
rot

E
 
= -

B
 

t
(電磁誘導の関係), div

B
 
= 0 (磁荷なしの表示),

D
 
= ε

E
 
(電気変位の定義)
(8.1)

rot

H
 
=

D
 

t
+

i
 
(電流と磁界の関係), div

D
 
= σ(電荷と電気変位),

B
 
= μ

H
 
(磁束の定義)
(8.2)
と表わすことができる。 とくに真空中で電磁界の作用下にイオンが運動するとき
ε = ε0, μ = μ0,

i
 
=0, σ = 0
(8.3)
とみなすことができる。 さらにイオンの運動に比べて電界や磁界が極めてゆっくりと 変動するばあいは

B
 

t
= 0,

D
 

t
= 0
(8.4)
として取り扱ってよい。

荷電粒子の運動は相対論的な運動方程式で決定されます。 荷電粒子に対するローレンツの運動方程式は
d

dt
(m

v
 
) = e

E
 
+ e

v
 
×

B
 
(8.5)
ただし、 m = [(m0)/({1-v2/c2})] である。ここで m0は粒子の静止質量、cは光速度である。 (8.5)式を直角座標および円柱座標で表わすと
d

dt
(m

x
 
)
=
e Ex + e

y
 
Bz - e

z
 
By
(8.6)
d

dt
(m

y
 
)
=
e Ey + e

z
 
Bx - e

x
 
Bz
d

dt
(m

z
 
)
=
e Ez + e

x
 
By - e

y
 
Bx
[x\•]=[dx/dt], ... および
d

dt
(m

r
 
) - mr

θ
 
2
 
=
e Er + er

θ
 
Bz - e

z
 
Bθ
(8.7)
1

r
d

dt
(m r2

θ
 
)
=
e Eθ + e

z
 
Br - e

r
 
Bz
d

dt
(m

z
 
)
=
e Ez + e

r
 
Bθ - er

θ
 
Br
となる。特に (8.7)式は円形加速器や電界、磁界によるイオンビームの 偏向、集束に極めて重要な関係である。

軸対称不均一磁界中でのイオン運動

軸方向磁界があり、r=r0の近傍で Bz=B0([(r0)/r])+nで表わされるとする。 イオン(m,e)がr0に沿った近傍を動くとき、 [E\→]=0として非相対論的に考えよう。 まずrot [B\→]=0であるから Bθ=0である。これらを(8.7)式の 第1式に入れると、r=r0の軌道のイオンに対し
-m r0

θ
 
2
 
= e r0

θ
 
B0 だから

θ
 
=ω = - eB0

m
(8.8)
との一定角速度、すなわちラーモア(Lamor)の角速度をえる。 また、rot [B\→]=0から
Bz

r
= Br

z
であるから、 r r0では
Br=
( Bz

r
) dz = -n B0 ( r0

r
)n · z

r
|r=r0 = - B0 nz

r0
(8.9)
となる。すなわち Brはzに比例することがわかる。

いまr=r0+ρ,ρ << r0とおくとき
Bz=B0 ( r

r0
)-n B0 (1- n ρ

r0
)
(8.10)
である。z=0面上で考え、 (8.7)式の第2式にこれらを入れて
d

dt
{ (r0+ρ)2

θ
 
} = ω(r0+ρ) (1- n ρ

r0
) d ρ

dt
をえるから、積分して (r0+ρ)2 [(θ)\dot] ωr0 ρ+const となる。 (8.8)式より r02[(θ)\•]=r02 ω = const となることから、結局
••
θ
 
= r0

r0+ρ
ω
(8.11)
との関係が導かれる。すなわち 0の外側(r > 0)を 廻るイオンの角速度は減ることを示す。 これらと (8.7)式の第1式に入れて



r
 
- r0

r0+ρ
ω2 = -r0 ω2 (1- n ρ

r0
)
だから

ρ
 
+ ω2 (1-n)ρ = 0
(8.12)
をえる。一方 (8.7)式の第3式に(8.9)の関係を入れるとき

z
 
+ ω2 nz=0
(8.13)
となる。(8.12)、(8.13)式はそれぞれイオンの r、z方向の軌道運動を表わしており、 どちらも同様な2次の線型微分方程式であることが わかる。さらに [d/dt]=[d/(d θ)][(d θ)/dt] ω[d/(d θ)] を用いると
d2 ρ

d θ2
+ (1-n)ρ = 0
(8.14)

d2 z

d θ2
+ nz=0
(8.15)
となり、時間を含まない形の、空間的な軌道方程式が導かれる。 (8.14)、(8.15)式をみると
0 < n < 1のときはどちらも振動解、すなわち集束
であることがわかる。これがベータトロンの項で述べた 電子ビームの集束条件である。そして n=[1/2]のとき両式は完全に一致するから、 このn値附近がベータトロンで用いられる。

光学レンズとの対応

(8.14),(8.15)式は いわば近軸イオン・ビームの 軌道を示しているから、解析的にも、 また計算機を使って軌道を追う方法でも ビームの集束状況が求まる。 しかし、ここでは
0 < n < 1でかつr0を単位長さ
として光学レンズとの対応を考えてみよう。

まず両式とも振動式であるから、その解は
ρ = A sin

 

1-n
 
(θ-a)

z = B sinn (θ-b)
の形になる。ここで、A,B,a,b はイオンの初期条件で決まる定数である。 いま、磁界が Θの開き角度をもっており、イオンの出発点が 磁界端よりp0の位置Pであるとする。 磁界中で曲げられたイオンは、出口の磁界端より qr,qzの点Qr,Qz の位置に集まるとする。そして一般に qr qz である。

r方向について考えると、 第8.1図(a)を参照して
p0=ρ/( d ρ

d θ
)|θ = 0 =
A sin

 

1-n
 
(θ-a)



 

1-n
 
A cos

 

1-n
 
(θ-a)
|θ = 0 = - 1




1-n
tan

 

1-n
 
a

qr=ρ/( d ρ

d θ
)|θ = Θ = 1




1-n
tan

 

1-n
 
(Θ-a)
となるから、これらから a を消去して
tan{

 

1-n
 
Θ+ tan-1

 

1-n
 
p0 }+

 

1-n
 
qr = 0
(8.16)
をえる。ここで


 

1-n
 
Θ = Φr,

 

1-n
 
p0 = tanφ0,

 

1-n
 
qr = tanφr
(8.17)
とおくとき
Φr + φ0 + φr = π
(8.18)
の関係をえる。z 方向についても同様に
tan{ n Q+ tan-1 n p0 }+n qz = 0
(8.19)

Φz + φ0 + φz = π
(8.20)
となる。(8.18),(8.20) の関係を 拡張されたバーバー(Barbar)の法則という。 これは 上記のように、 Φr,z,φ0, φr,z を求めるとき、これらの和がπと なることを意味する。 あるいは、(8.17)式に従って PP', QQ' とするとき、 P'OQ'が一直線上にあることになる。 この法則はもともと n=0の一様磁界のとき見出されたが、 n 0 に も拡張できる。
もし、磁場が一様(n=0)ならば、イオンの出発点、扇領域の要(頂点)、 そしてビームの集束点が1直線に並ぶというのが本来のバーバーの法則の意味する所です。 磁場にr依存性を入れると、集束点の場所をr方向だけでなくz方向にも制御できます。 出発点を十分遠くにとった時の集束点が、この磁気レンズの焦点になります。

さて (8.16),(8.19)式で p0 の時のqr, qzは、それぞれr、z方向の 焦点Fの位置を示す。 これらを gr, gz とすると
gr= 1



 

1-n
 
tan

 

1-n
 
Θ
,gz= 1

ntann Θ
(8.21)
となる。従ってこの磁界は、工学的な肉厚レンズと同等となる。 そこで主平面Hから焦点Fまでの距離、すなわち焦点距離fはレンズ公式
(p-g)(q-g)=f2
(8.22)
に当てはめて
fr= 1



 

1-n
 
sin

 

1-n
 
Θ
,fz= 1

nsinn Θ
(8.23)
となる。以後は全く光学レンズと同様に扱うことができるが、 一般にr、z方向で集束条件が異なる点に注意すべきであり、 n=[1/2]のときのみ一致する。また倍率Mと 分散Rは
M= f

p-g
,R= 1+M

1-n
(8.24)

で与えられる。

磁界を用いた分析器の例

これまでの取扱いでn値をもつ軸対称磁界一般の集束性が 明らかになったので、nのいろいろなばあいにつき、 実用されている分析器の例をあげてみよう。 なお前節で述べた諸関係は第一次の集束についてで あり、高次の集束や収差については細かな軌道計算を する必要がある。

n=0

磁極の機械工作が簡単であるので広く利用される。 r方向にのみ集束性のある一様な磁界である。
  1. p0=qr=0
    イオンの原点(光源)も集束点(像点)も磁界中にある場合で、 q = pとなる。すなわち 180 ° のところで r 方向の集束が成立つのであり、 デンプスター(Dempster)がすでにb分析器として使用している。
  2. Θ = [(π)/3]
    (8.16)式で [(3+p0)/(1-3 p0)] + qr=0 となるが、もし p0=qrのときは
    p0=qr=3
    (8.25)
    となり、 集束を示す。 これは 60 ° 型のスペクトロメータとしてニアー (Nier) が質量 分析に使用している。

n=[1/2]

Bz r-[1/2] を満たす磁界は 磁極が放物線面のときである。 r、z方向に同一の集束が行なわれるので、 二重集束(double focusing) とよんでいる。
  1. p0=qr=qz=0
    (8.17),(8.18)両式より Θ = 2 π となる。この型はシーグバーン(Siegbahn)が β分析に使用している。 なおベータトロンでは0 < n < 1であったが、 今のばあいは丁度n=[1/2]であるので rとzの集束が合致する。
  2. Θ = π
    このばあい、さらにqr=qzとすることが可能であり、 磁界の外に線源と検出器とを おくことができる。従ってβ- γの相関がとりやすく、 かつ明るいスペクトロメータとすることができる。
以上の取扱いで、イオンやβ線は磁極端に殆ど 直角に入射、出射できるとした。もし 斜入射、斜出射すると様子が異なる。 従ってn=0のばあいでもz方向の集束を作り出すことができる。 これを周辺磁界(fringing field)による集束という。

強集束の原理

これまでは軸対称磁界で 0 < n < 1を満足する場合の集束を一般化して扱った。 その理由はnがこの範囲外になれば r、zのどちらかが発散になるからであった。 それでは、n < 0、n > 1のばあいは全く実用にならないので あろうか。さて
n >> 1のとき rは強く発散、zは強く集束

n << 0のとき rは強く集束、zは強く発散
であるから、どちらかひとつでは意味がない。しかし、 光学レンズでは凸、凹の両レンズを組合わせて 集束性をもった合成レンズを作っている。 従って、n >> 1 、n << 0の両磁界をうまく組合わせれば、 立体集束性をもった磁界ができるかもしれない。 そこでこの問題を考えてみよう。

第1、第2の磁界のn値をそれぞれ n1、n2と表わし、 n1 > 1、n2 < 0 とする。このとき (8.21),(8.23)両式から
g1r= -1



 

|1-n1|
 
tanh

 

|1-n1|
 
Θ1
,f1r= -1



 

|1-n1|
 
sinh

 

|1-n1|
 
Θ1
(8.26)

g1z= 1



 

n1
 
tan

 

n1
 
Θ1
,f1z= 1



 

n1
 
sin

 

n1
 
Θ1
(8.27)

.
(8.28)

g2r= 1



 

1-n2
 
tan

 

1-n2
 
Θ2
,f2r= 1



 

1-n2
 
sin

 

1-n2
 
Θ2
(8.29)

g2z= -1



 

|n2|
 
tanh

 

|n2|
 
Θ2
,f2z= -1



 

|n2|
 
sinh

 

|n2|
 
Θ2
(8.30)
の関係をえる。いま(g1, f1)と (g2, f2)の2つのレンズを lだけ離して組合わせるとしよう。
(p-g1)(p'-g1)=f12,(l-p'-g2)(q-g2)=f22,
(8.31)
が成り立つはずである。これから p' を消去すると
(p-G1)(q-G2)=F2
(8.32)
ただし
G1=g1- f12

g1+g2-l
,G2=g2- f22

g1+g2-l
,F= f1 f2

g1+g2-l
(8.33)
をえる。 (8.33)は組合わせレンズの関係を示しているが、 (8.26) ~ (8.30)式より f1 f2 < 0である。しかし、 g1,g2,lのとり方では g1+g2-l < 0となって、合成レンズの焦点距離 F > 0となりうる。

以上のことから、強集束、強発散の磁界をうまく組合わせると 全体として強集束となることがわかる。例えば
n1=16, n2=-15, Θ1=Θ2= p

16
, l = 0
のばあいを考えてみよう。
(g1z=0.250, f1z=0.354),(g2z=-0.403, f2z=-0.309)
であるから
g1+g2=-0.153, f1 f2=-0.109
となり
G1=1.069, G2=0.223, F=0.716
をえる。すなわち合成結果は集束になっている。 なおr方向についても同様に計算することができ、 最終的にG1、G2が逆になるが、 Fは同じ値となって、やはり集束である。

強集束シンクロトロン

シンクロトロンでは安定軌道に沿って電磁石が円形に配列している。 各電磁石はさきにのべたような強集束、強発散の磁界を作っているが、 イオン・ビームはこのような磁界の中をくり返し通過するのであるから、 この系で発散が起こらないことが必要となる。 光学的に考えると、無限に並んだ凸、凹レンズの系で 光が発散しないことと同じである。

いま N対の電磁石を円周上に 配列したとしよう。l = 0として、1個磁界(+または-)の開き角は
Θ = 2π

2N
= π

N
である。イオン・ビームは+、−の磁界中を図のように 振動しながら進んで行くが、いまひとつの(+,-)対を考えるとき、 これに入射するときの光源位置pと、出射後に集束する位置(虚像)gがある。 このqは次の(+,-)対にとっての光源位置p'となっているから、 いつも集束であるためには
p > 0, q < 0, かつ p > |q|
でなくてはならない。すなわち
p+q > 0
(8.34)
が成立する。

一方(p-G1)(q-G2)=F2の関係を用いると (34)式は
p+q=p+ F2

p-G1
+G2 > 0
となる。p > G1であることから、上の不等式は
p2-(G1-G2)p+F2-G1 G2 > 0
(8.35)
がpの実数値に対していつも成立することが 必要となる。そこで根の判別式より
(G1-G2)2 - 4 (F2-G1 G2) < 0
すなわち
4F2 > (G1+G2)2
(8.36)
あるいは
4f12 f22 > {(g1+g2)2-f12 -f22 }2
(8.37)
をえる。 (8.36)ないし(8.37)式が集束の条件である。

そこでこの条件に合うように N,n1,n2を決めればよいが、すぐわかるように (8.37)=0より4つの境界条件が求まるから、 結局この式を満たす範囲は ネクタイ状領域の中にある。そして ネクタイの中央が最も安定なところであり
|n|= N2

16
(8.38)
であることがわかる。例えばN=16のとき
n1 16, n2 -16
という大きな|n|値の磁界を用いる必要がある。

実際問題としてl = 0とすることはできず、 必ず適当な電磁石間隔をおかねばならない。このとき、 (8.37)式の形が変わるけれども、 先の図と同様なネクタイ図が画かれる。 歪んだ形状となるがその中央を安定点として選べばよい。 この強集束シンクロトロンでは イオン軌道のr、z方向振幅が小さくなるため、 加速箱が小型化し、従って電磁石も小型でよいなど 利点が極めて多い。 現在のシンクロトロンはすべてこの型を採用している。

n値と磁極の形

イオン・ビームの集束にとって、 |n|値の大きな磁界が極めて有用であるとわかったが、 それでは希望通りの n値を持つ磁極の形をどのように決めればよいであろうか。 この問題を扱うときに、磁極や磁界の基本的な性質を知っておく必要がある。
「透磁率μの極めて大きい材質でできた磁極の面は等磁位面であり、磁力線はこの面に垂直に出入りする。」
この関係は電極と電力線のそれと同様であるので、電解液中に 電極板を2枚立ててN、S極とみなし、電力線の様子を実測で求めて、 磁界との対応をとることもできる。しかし解析的に求める方法がないかを 考えてみよう。

いま 磁極面が θだけ傾いた直線状であって、磁力線が円弧の一部であったとする。 図より明らかに
r-a= z

tanθ
(8.39)
であり、またその磁力線の長さl
l = 2 (r-a) q
(8.40)
で与えられる。 一方r=r0のとき z=hであることを用い、 (8.39)式より
r0-a

r-a
= h

z
(8.41)
一方、磁力線に沿っての磁界をBとするとき、 B l = 一定=磁気ポテンシャル差となるが、 これは


B l = 2B r0-a

r-a
h θ

tanθ
= 一定
(8.42)
と表わすことができる。 (8.42)式をrで微分し、n=-[r/B][dB/dr]|r=r0 の関係を用いると
n= r0

h
tanθ
(8.43)
が導かれる。すなわち、 r0,hが与えられたとき、 (43)式をみたす関係を用いて、 磁極面の切り方qを求めることができる。
次の表は0 < n < 1の範囲で (43)式の妥当性を調べたもので、 r0,h,qが大きく異なるにも拘らず nの計算値と実測値とがよく一致していることが わかる。
r0(cm) h(cm) q(°) n cal. n obs.
85.8 8.32 4.2 0.76 0.75
7.5 2.43 14 0.77 0.75
nの極めて大きいばあいの r0,h,q の適当な実例がないが、 かりに
r0=200 cm, h=5 cm, n = +-16
として θ を求めると
θ(n=16) = 21.8 °, θ(n=-16) = 158.2 °,
となる。

四重極電磁石

直角座標系で4つの双曲面を対称に 配置した磁極をおくとき

By=k2 x, Bx = -k2 y, k:定数
の式で表わされる磁界ができる。すなわち磁界は原点で0で、 これより離れるにつれて強くなる。この磁界に垂直 に入射する速度vのイオン(m,e)を考える。 (8.6)式でBz=0,[E\→]=0とするとき

x
 
=- ev

m
k2 x,

y
 
= ev

m
k2 y
をえるが [d/dt]=[d/dz][dz/dt]=v[d/dz] を用い、 β2=[(ek2)/mv]とすると
d2 x

dz2
+ β2 x = 0

d2 y

dz2
- β2 y = 0
となるが、これらは (8.1),(8.15)式と同様な形をしている。 そこでz方向の磁界有効長をLとすると
gx = 1

βtanβL
,fx = 1

βsinβL
,

gy = -1

βtanhβL
,fy = -1

βsinhβL
,
と与えられる。すなわちxz面で強集束、 yz面で強発散である。

このようなレンズを 共z軸で配置して組合わせレンズ とするとき、xz、yzの両面でともに集束となる。 従って直線状ダクト中を走るイオン・ビームを集束させるために 広く使われる。 これを 四極電磁石 (quadrupole electromagnet) 略してQ-電磁石という。なお磁極を双曲面に加工する ことは困難であるため、 内接円半径の1.16倍の半径をもつ円筒面で代用している。

四極電磁石(quadrupole magnet) は上のように直線的に走るイオン・ビームを集束させるのに 極めて便利であって、 ビーム・ダクト(beam duct) には不可欠なものになっている。

軸方向均一磁界による集束

充分に長いコイルやヘルムホルツ・コイルの内部では、 軸方向に一様な磁界ができる。この中での 荷電粒子の運動を考えてみよう。 (8.7)式で

E
 
=0, Br=Bθ=0, Bz=B0=一定
とおくとき
d

dt
(m

r
 
)-mr

θ
 
2
 
= er

θ
 
B0, 1

r
d

dt
(m r2

θ
 
) = er

r
 
B0
(8.44)
が成立する。第 2 式を積分して

q
 
=- eB0

2m
=ω
(8.45)
を得るから、荷電粒子はその速度に拘らず一定角速度 ω で回転することがわかる。

(8.45)の関係を (8.44)の第1式に入れ、v=[dz/dt] の関係を用いるとき
d2 r

dz2
+ e2 B02

4m2 v2
r = 0
(8.46)
の微分方程式をえる。この解は
r = A sin( e B0

2m v
z + δ)
(8.47)
の形をしているから、 z=[(2mvp)/(eB0)] ×n (n=1,2,...) ごとに元に戻ることを示している。

以上のことから、イオン・ビームは |ω|=[(eB0)/2m] の一定角速度で軸の周りを廻りつつ、ピッチ D=[(2mvπ)/(eB0)] をもって何度も軸上に集束する。 すなわちこの磁界はイオンを軸附近に閉じ込める 性質があり、 イオン・ビームやプラズマの集束だけでなく、β線スペクトロメータ としてもよく用いられる。 Sはβ線源、Dは検出器であり、 途中にバッフルを入れて散乱β線の 混入を防ぐ。

電界による集束

今まではすべて磁界による集束を取扱ってきたが、 電界のみによる集束はどのように考えればよいであろうか。 実はサイクロトロンの 節で、ディー間における電気的集束があることを 知ったが、ここではこの問題をもっと一般的に考えてみよう。

時間的に定常な磁界があるとき、ここを通過するイオンの エネルギーは変わらず、ただ軌道が変わるだけである。 ところがイオンの進行方向に電界が存在するばあい、 加速ないし減速が起こって結局エネルギーが変わるという 特徴がある。そこでイオン(m,e) の出発点のポテンシャルΦをゼロにとって、 エネルギーKを
K = 1

2
mv2 = 1

2
mvz2 = eΦ(z)
(8.48)
と表わすことができる。 ただし、zはイオンの進行方向にとり、 vz(=v)はイオン速度である。 さて、円筒座標(r,θ)を用い、動径rの方向に 電界-Erが作用するときのイオンの運動方程式は
m d2 r

dt2
= -e Er
(8.49)

となる。ところで軸のまわりに半径r、長さlの 円筒を考え、ガウスの定理を適用すると、空間電荷=0のために
2πr ·l·Er + πr2 ·l· Ez

z
= 0
(8.50)

Er = - 1

2
Ez

∂z
r
(8.51)
となる。

(8.51)式を(8.49)式 に入れ、v=[dz/dt] を用いるとき
v d

dz
(v dr

dz
)= e

2m
Ez

z
r
となる。 (8.48)式よりv={[(2eΦ)/m]} であり、また Ez=-[(Φ)/(z)] であることを用いて


 

Φ
 
d

dz
(

 

Φ
 
dr

dz
) = - r

4
d2 Φ

dz2
(8.52)
または
Φ d2 r

dz2
+ 1

2
dr

dz
d Φ

dz
+ r

4
d2 Φ

dz2
=0
(8.53)
とのイオン軌道式をえる。 (8.52)式は m、eを含まないから、ポテンシャルの原点が 同じイオンはすべて同じ軌道を画くことになる。 すなわち 電界だけの分析器では イオンの質量分析ができない ことを示している。

Φ = 一定(電界なし)または Φ = const ·r(一様電界) のばあい、 (8.52)式の右辺=0である。 もしイオンの出発点で[dr/dz]=0 つまり軸に平行に走るイオンの軌道は いつも[dr/dz]=0 となって集束しない。従って Φ(z)がzの2次以上の変化をするとき、 始めて軌道が曲がることがわかる。 このような Φ(z)の急変場所を 電気レンズ(electric lens) という。

いま r=raで軸に平行なイオンがレンズに入射したとする。 このとき (8.52)式は


 

Φ
 
dr

dz
=- ra

4

z

- 
Φ"




Φ
dz
である。 z=-で d[dr/dz]=0,Φ = Φ1 、また z=+ではΦ = Φ2 である。そこで上式の積分上限を +
dr

dz
=- ra

4


F2



- 
Φ"




Φ
dz
をえる。焦点距離f=-ra/([dr/dz])で あることを用いると
1

f
= 1

4


Φ2



- 
Φ"




Φ
dz = 1

8


Φ2



- 
Φ"




Φ3
dz                        
例えば 一定Φ0 のポテンシャルの途中に減速ポテンシャルがあり
Φ = Φ0 + k (z2-a2)
(8.54)
ただしkは-a ~ +aの間のみ
Φ0 > |k(z2-a2)|
で表わされるとする。 Φ ~ Φ0であるから (8.52)式は近似的に
d2 r

dz2
+ k

2Φ0
r =0
(8.55)
となる。k > 0つまり減速ポテンシャルのとき、 この式は
r=r0 sin(αz + δ), α =   


k

2Φ0
 
の解をもち、集束形である。そしてこの減速レンズの焦点距離fは
f Φ0

ka
で与えられる。
軌道が 前述の式の形のとき、 イオンが集束されるであろうことはすでに知っている。 そこでこのレンズの焦点距離を求めてみる。 ここでΦ ~ F0 ~ Φ2であるから
1

f
= 1

4


Φ0

a

-a 
2 k dz = ka

Φ0
= 1

a
ka2

Φ0
だから f=a Φ0

ka2
                       
となる。上式より
aが小さいほど、またポテンシャルの変化が大きいほど短いfのレンズができる
との重要な結論が得られる。例えばa=3cm、 [(Φ0)/(ka2)]=5のときf=5cmとなる。

電気レンズの実際

前 節でわかるように、軸上ポテンシャルΦ(z) が狭い距離で適当なz変化をするとき、ここに電気レンズができる。 その光学的性質は、電極の形、配置および加える電圧によってきまるから、 磁気レンズよりも構造が簡単である。その用途として
  1. ブラウン管での電子ビームの集束
  2. イオン源からのイオン・ビームの引出しの時における集束
  3. 加速管におけるイオン・ビームや電子ビームの集束
  4. 短い焦点距離をもたせた電気レンズによる電子顕微鏡
などがある。ただし4)は今日では専ら磁気レンズ使用となっている。

これら はいずれもイオンや電子のビーム集束に用いられる 電気レンズである。(a)は2つの円筒を共軸に並べたもので、その間隙部に レンズ作用が生ずるが、構造が簡単であるのでブラウン管の電子ビーム 集束や直流加速管でのイオンビーム集束に広く用いられる。 サイクロトロンのディー間での集束もこの原理である。 (b)は電子やイオンを左側から引き出すとともに強く集束させることを 考えており、電子銃あるいはイオン源からのイオンの取り出しに 使われる。 (c)は極めて短い焦点距離のレンズを作るばあいであり、 以前は電気顕微鏡によく用いられたが、今はこの原理がイオン・ ビーム集束に使われる程度である。

以上の電気レンズは代表的なものだけを示したものであり、 実際にはこれらを変形して 集束性のよいものが多数作られ、実用になっている。 どの場合も軸上ポテンシャルΦ(z)の正しい形がわかれば (8.52)式によって軌道計算ができ、 また焦点距離を求めることができる。 例えば (a)のとき、 円筒半径をともにp、間隔を2gとするとき
f ~ Φ2 (Φ1+Φ2)

(Φ2-Φ1)2
p2+g2

p
π
となる。
今まではビーム軸上のポテンシャル変化を利用したが、 軸と直角方向の電界によってイオン軌道を曲げて集束する 方法がある。 それは4つの双曲線面を対称に並べて +、-の電圧をかけるもので、四極電磁石と同様な レンズであり 静電型四極レンズ(electrostatic Q-lens) という。

対称な双曲線面で囲まれた空間では
Ex=k x, Ey=-k y
(8.56)
の電界ができる。従ってイオン(m,e)の軌道方程式は 磁界 の場合と同様に
d2 x

dt2
- ek

mv2
x=0, d2 y

dt2
+ ek

mv2
y=0,
(8.57)
となり、一方が強集束なら他方は強発散となる。 いまα2=[ek/(mv2)]とおくとき
gx= -1

α tanhαL
,fx= -1

α sinhαL
(8.58)

gy= 1

α tanαL
,fy= 1

α sinαL
(8.59)
が与えられる。ただしLはこの電界のz方向の有効長である。 なお電極電圧をV、内接円半径をaとするとき
V =
a

0 
Ex dxより V= 1

2
ka2 だから k=


2V

a2
(8.60)
である。

(8.60)、(8.61)両式 で電気四極レンズのg、f値がそれぞれきまったので、 これらを組合わせるとき、合成レンズのG、F値が求まり、 従ってイオン・ビームの集束状況がわかる。 エネルギーの低いイオンビームの集束によく用いられる。