一例を挙げましょうか。ニュースで何度も表示されていたコロナヴィールスのイメージ図ですが、 どのようにして得られたかご存知ですか。一般にヴィールスの大きさは10ナノメートル程度の大きさで、 普通の顕微鏡では確認できません。おそらく電子顕微鏡が使われたのだとおもいますか、 これも広い意味での放射線機器です。その動作原理を理解し、得られたデータを適切に解析する他に、 様々な法令に基づいた安全管理が求められます
この講義の対象の放射線機器は「人工放射線」の発生装置と考えられますが、厳密に言えば、 「人工放射線」と「自然放射線」の区別はありません。 アルファ線は放射性物質から出るヘリウムの原子核ですが、ヘリウムは、 じつはウランやトリウムの鉱山のなかで停止したアルファ線が集まって算出されます。 したがって、ヘリウムを再び加速したものは、元のアルファ線と何ら変わりがないということが分かるかと思います。
加速器でよく使われる荷電粒子を考えましょう。 明らかに電子は極端に軽く、他の原子核(イオン)とは異なる加速法が使われる場合があります。 炭素は、ガン治療の重粒子線として注目されています。元々、これらの加速器、 あるいは粒子ビームは、原子核の研究に供するために開発されました。すこし、原子核研究の歴史を振り返りましょう。 原子の大きさは、気体分子運動論、ブラウン運動、結晶の格子間隔などの知識から、10-8cm程度であることは19世紀には知られていました。そして、原子は電気的に中性で分割できないものと考えられていました。
ところが19世紀の半ば以降、真空放電の研究が進んで、
放電管の中を陰極から陽極に向けて
陰極線が走っていることがわかり、1897年に
J.J.トムソンがこの陰極線(cathode ray)を電磁界で曲げて
電子の流れであることを確認した。
すなわち、中性の原子の中に負の電気を持った
電子が存在することがわかり、さらに
1914年にミリカンが行った電気素量の測定結果と組み合わせて
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さて1個の原子の質量は、電子のそれより2 ×103 ないし5 ×105倍も重い。さらに電子を失った原子は、 当然正の電気量を持たねばならない。そこで原子とは、 大体10-8cmの大きさで正の電気を持ち、その中に負の電気を 持った電子がいくつか分布しているという模型を考えた人がいた。 このように原子の内部は想像の域を出なかったのであるが、 これにメスを入れたのがラザフォードである。
19世紀の末に偶然発見された放射能の研究から、 放射性元素の 発するアルファ線、ベータ線、ガンマ線の本質がわかった。 とくにアルファ線は、電子を失った裸のヘリウム(He)、つまり ヘリウム正粒子であることから、 ラザフォードは アルファ線源を真空中に置くことにより、アルファ線の飛程を延ばし、金の箔に当てて散乱の様子を調べました。 もし金の原子が、 内部に電子と正電気を含んだものとすると アルファ線が金原子を通過中に 受けるクーロン力は正負相殺されることになり、結果として 始めの進行方向より大きくずれないはずである。 ところが実験では、 少数ではあるが大角度散乱されたアルファ粒子が検出されました。
これを説明するには、電子と正電気の部分とは互いに離れている 必要があり、結局原子の中心に 10-12cm程度の大きさで正電気を持った 重い部分、つまり 原子核(nucleus) が存在すると見るべき出る。 この実験は1911年に行なわれ、ラザフォード散乱、 クーロン散乱とよばれるようになった。
原子核の大きさは原子より5桁も 小さく、放射線はこの原子核から放出されていることが分かりました。 大事な点ですので繰り返します。 荷電粒子線の生成やX線の発生以外の放射線現象は、原子核反応に伴い、極めて小さい原子核で起るものです。 これは、原子や分子のレベルで起る化学反応とは全く異なるものです。 それでは、ウラン等の原子核からアルファ粒子が放出されるのとは逆の現象はないのでしょうか?
負の電気を持った電子と、正の電気を持った原子核が 10-8cm程度の空間に存在するだけでは困ったことが起こる。 これら粒子間は空間であるからクーロン引力によって電子と原子核とは すぐ合体して中性粒子になってしまう。このようなことが生じないためには、 太陽系のように電子が重い原子核のまわりを軌道運動して バランスを保っていなければならない。しかし、これでもなお困る。 というのは、電子のとりうる軌道はいくらでもあり、その中には 原子核という有限の大きさの粒子と衝突合体するものも 生じるからである。このことは宇宙衛星の軌道に地球と衝突するものもあることから、 容易に理解できるであろう。クーロン力も 万有引力も、同じr-2則(逆自乗則)を満たしているのであるから、 原子だけが永久に合体現象を起こさぬためには、別の法則がなくては ならない。そしてこの法則が 量子論である。
実は先に述べた放射能の現象とは、原子核の自然崩壊であって、 とくにアルファ線とは壊れた原子核の破片でヘリウム原子核 そのものであり、エネルギーは数MeVである。 そこで、原子核とはヘリウム核と電子の結合体でないかと 考えた人がいたが、このばあいすべての原子はヘリウム質量4の 整数倍とならねばならず、原子質量表の実際と矛盾する。
アルファ線のエネルギーが大きいことから、これを弾丸として 別の原子核にぶっつけて壊すことができないかとラザフォードは考えた。 すなわち、 アルファ崩壊の逆反応を試みた。 先のアルファ線散乱と同様な実験を 軽い原子核に対して念入りに行なったのである。 ただし標的の大きさが小さいので、弾丸のアルファ線を多数打ち込まねば ならない。
ところが、稀であるが時々蛍光が発生し、
ラザフォードのこの実験は1919年に成功した。すなわち、
アルファ線源を移動させ容器内気体と衝突させ、
その結果生じた放射線を蛍光板で観測できるようにした。
圧力を制御できる容器内にアルファ線源を置き、十分離れた場所に放射線検出のための蛍光板を置きます。
窒素ガスの圧力をある程度大きくすると、アルファ線の飛程が線源ー蛍光板の距離より
短くなるので、蛍光板は光らなくなるはずです。
ところが窒素ガスを満たしたときに、稀であるが
時々蛍光が発生し、
ガスを同じ圧力の酸素に変えた時は何も起りませんでした。
これにより、窒素原子核がアルファ粒子(ヘリウム原子核)で壊され、陽子が取り出されて、
蛍光板に到達したと解釈された。
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の核反応が生じ、酸素原子核と水素原子核(11H, p=陽子) に変わったことが認められた。 すなわち、窒素の原子核が壊され、 その構成要素の陽子(水素の原子核)が確認された歴史的瞬間です。 そして陽子がすべての 原子核の構成粒子であると考えられるようになった。
この発見に刺激されて欧米の各国物理学者は競争で原子核の人工破壊を 試み、新しい発見や理論が相次いで報告された。その主なものは 次のとおりである。
アルファ崩壊の理論 | (1928) | ガモフ |
中性子の発見 | (1932) | チャドウィック |
人工放射能の発見 | (1933) | J.キュリー |
なお 中性子(1n) の発見により、陽子の他に原子核の構成粒子が決まったこと、 また核反応によって多数の 放射性同位元素(radioisotope) が生成できる可能性が分かった。
この頃、1930年代に原子核研究に用いられたアルファ線は強度が弱い上に、 あらゆる方向に飛び出してくるから、スリットを用いて特定の方向にくるアルファ線だけを用いる必要がありました。 ところでこの頃の人工核破壊に使われるアルファ線は、 ラジウムやポロニウムなどの 天然放射性元素から発生するもので、 強度が弱く、実験は容易でない。 このアルファ線はたえずあらゆる方向に飛び出してくるから、 スリットを用いて特定の方向にくるアルファ線だけを 用いる必要がある。 従って、例えば始めに108 /秒の強さでも、 スリットによって104 /秒ぐらいになってしまう。 さらに標的原子核が10-12cmと恐ろしく小さいから、 うまく原子核破壊が発生する率は極めて小さくなる。 また、アルファ線はエネルギーが定まっており、扱いにくい という欠点もある。 そのため、核反応実験のために指向性を持った 1010 ないし1014 /秒 の人工のアルファ線の製造が期待されるようになりました。
ヘリウムガスを放電させると大半が He+となり、原子核He2+ の生成率は極めて少ない。強力、高密度の放電にするほど He2+/He+比が大きくなる。
ところで放射能でのアルファ線のエネルギーは 5 ~ 8MeVであるから、もし電気的に加速しようと すると2500keVから4000keVという 直流の超高電圧が必要となる。 今日でも1気圧中で得られる直流電圧はせいぜい1000keVで あるから、電位差によってそのまま加速することは容易で ない。約50年前の加速器の試みがいかに困難で あったかがわかるであろう。
にも拘らず1919年のラザフォード実験以降、各国で 約10年間、熱心に加速器の試作が続けられた結果、 1931年から続々とその成果が現れてきた。
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コッククロフトとワルトンが行なった人工核反応は、 特殊相対論 E=mc2の検証でもあり、また核融合反応の最初として 価値が高い。
同じ1931年、バンデ・グラーフは絶縁ベルトによって ベルト・コンベア式に静電気を運び上げて直流高電圧を 得る方法を発表した。最初の装置は飛行船の格納庫内に 組立てられたが、高圧ガス・タンク中に納めた形のものに 変わり、以後改良が加えられて発生電圧も大幅に 上昇できるようになった。今日まで多数製作されており、 静電高圧型加速器、または発明者の名前をとって バンデ・グラーフ型加速器と呼んでいる。
上の2つの加速器はいずれも直流高電圧を発生させるもので、 電圧には限度がある。しかし加速のエネルギーをなんども加えていく 方式、つまりくり返し加速の原理を用いるならば、 エネルギーに限度がなくなるであろう。くり返し加速のために 高周波を使うことになるが、もし適当な発振器によって電極に 高電圧をかけることができれば、荷電粒子はうまく 加速できるであろう。
この考えのもとに、1931年スローンは7MHzの高周波によって 水銀イオンHg+を初めて直線的に加速することに 成功した。実は陽子やアルファ粒子を加速することが望ましかった のであるが、そのためには100MHz領域の強力発振管が 必要となり、当時製作されていなかった。また、10MHz領域で 軽い粒子を加速しようとすると、加速管が長大となってしまうので、 彼はやむなく水銀イオンを加速したのであった。これが 線型加速器の 始まりである。
直線加速を軽粒子に適用すると、加速管が長大になるとの 欠点を解決したのはローレンスである。彼は次回によってイオンに 円軌道を画かせ、この中で加速できないかと考えた。 例えば丸い盆の中心にピンポン玉をおき、盆を交互に傾けると、 ピンポン玉はらせん軌道を画きつつ次第に速度が上がり、遂には 盆から飛び出すであろう。 このように大きな円形磁界の中で高周波によるくり返し加速を 行なう方法が1932年に成功し、 サイクロトロンと名付けられた。 この加速器はその後、急速に大型化され、軽いイオンを 10MeV以上に加速することが可能になった。
こういった発明に刺激されて、いろいろな加速方式が工夫されるように なったが、1940年にはカーストが電子専用の 磁気誘導加速器 ベータトロンを発表した。 さらに100MHz領域の強力発振管が入手可能になったことから、 1946年にアルバレーが高周波の共振空洞中で陽子を直線的に 加速する 線型加速器を開発した。 この原理は直ちに電子加速にも適用され3000MHz帯の 強力なマイクロ波を用いた 電子線型加速器(エレクトロン・ライナック)が誕生した。
一方電子やイオンを円形軌道に閉じ込めて高エネルギーに加速 して行くと、相対論の効果で粒子質量が次第に重くなり、 それまでの加速条件から外れてくる。この限度を克服する 加速原理が1945年マクミランとベクスラーとによって 独立に発見され、これを用いた シンクロトロンが開発された。こうして 加速エネルギーは原理的に限度なく上昇でくることととなった。
以上代表的な加速器をあげたが、大別すると 直線加速と 円形加速の2方式となる。 表1.1には物理学上の諸発見と加速器発明との 関連を歴史的に示してある。また 表1.2には、天然放射線と加速器による 人工粒子線との比較が挙げてある。
物理学上の発見 | 加速器 | 備考 | |||
直線加速 | 円形加速 | ||||
(1897) | ラジウム | (M.キュリー) | : | ||
(1901) | 量子論 | (プランク) | 天然放射能 | ||
(1913) | 原子模型 | (ボーア) | を用いて実験 | ||
(1919) | 原子核破壊 | (ラザフォード) | : | ||
(1928) | アルファ崩壊理論 | (ガモフ) | : | ||
(1931) | 全人工核破壊 | (コックロフト・) | コックロフト | ||
(ワルトン) | ワルトン型加速器 | ||||
静電高圧型加速器 | |||||
(1932) | 中性子 | (チャドイック) | サイクロトロン | : | |
(1938) | 核分裂 | (ハーン・) | 加速器を用 | ||
(ストラスマン) | いて実験 | ||||
(1940) | ベータトロン | : | |||
(1942) | 原子炉 | (フェルミ) | : | ||
(1945) | シンクロトロン | : | |||
(1946) | 線型加速器 | : |
放射線 | エネルギー(MeV) | 指向性 | 制御 | 強度 |
天然 | 5 ~ 8(a) | なし | 不可 | 1 Ci =3.7 ×1010Bq (全立体角) |
加速器 | 0 ~ ∞ | 有り | 可 | 1 mA = 6.25 ×1012 s-1 (一方向) |
今日では加速器の用途と関連分野はもう少し低いエネルギーにおいて広がりを続けています。 核反応では原子核の異なる元素が生成されることから、 化学的手法を用いてラジオ・アイソトープを分離したり、 またこれを含んだ化合物を作ることが盛んになった。この化合物が 生物、 医学関係に広く用いられることから、 大電流加速器をラジオ・アイソトープの生産器械として 利用するようになってきた。 特に、医療用の担寿命RIの製造、表面改質、大強度X線源などは最先端の研究分野です。
一方加速器から強力なX線、ガンマ線が出ることから、 工業用X線、ガンマ線源として用いられるようになった。 また 医療用の照射装置としても使われており、 最近では荷電粒子ビームも医療用として注目されている。
さて、加速器とは荷電粒子に電気的、磁気的な作用を加えて エネルギーを上げていく器械であるから、一言で言うならば 応用電磁気学といえよう。しかし、装置が一般に 大型であり、かつ相当な電力を必要としていることから、 単に電磁気学というよりは電気工学の技術、知識を要することが多い。
サイクロトロン、シンクロトロンあるいは 線型加速器では、加速電界を作るのに高周波の電波や マイクロ波を用いる。 さらにこれら電波の電力は数10kWからピーク数MWにも 及ぶのであり、大型の送信所を建設するのと同等の 大工事となる。こういった分野は今日では 電波工学、マイクロ波工学 の分野に属する。
荷電粒子は加速によって次第に運動エネルギーが 上がりつつ、集団となって一方向に動いて行くが、 その通路は高度の真空でなくてはならない。 この通路を加速管とか加速箱というが、それらの容積は 少なくて数100l、多いときは 10万lにも及ぶ。 こういう大容積を10-6Torr(10-6mmHg)以下の 高真空に保つには、特大の真空排気装置が 必要となり、また装置各部の設計に高真空に 対する技術が要求される。特に 10-10Torrに近い 超高真空の技術もふつうとなってきている。 従って真空工学は、加速器工学 に不可欠な分野となっている。
加速器でいまひとつ大事な点は、加速された荷電粒子が通路中で 発散しないことである。 もし発散が起こると、最終的に得られる粒子強度はごく僅かとなり、 強い志向性ビームが得られない。 発散を防ぐことは、加速器に集束や位相安定性があることを 意味するので、設計の最初にこれら特性を持たせるように しなければならない。これは イオン幾何光学と呼ばれる分野である。
この他、加速器を自動的に定常状態で運転する 自動制御、あるいは計算機を使って 運転する計算機制御も重要な技術となっている。
これまで、人工のアルファ線源という意味で、加速器を紹介しましたが、他にも放射線発生装置はあります。 一つは、原子炉です。アメリカは直にこの様な原子炉を中性子源として使い、 長崎型原爆の原料となるプルトニウムの製造に使いました。 今日においても、エネルギー源としての発電用原子炉とは別に、 研究用あるいは照射用原子炉というものが世界中で利用されています。 原子炉からの中性子は、医療用短寿命RIや大強度ガンマ線源用RIの製造、 水や有機物のラジオグラフィ、そしてBNCTと呼ばれるガン治療に使われています。 核融合の分野では、まさに炉心プラズマから核反応中性子が観測される様になってきています。 個人的には、エネルギー源としてだけでなく、核融合中性子の利用、例えば、 原子炉の高レベル廃棄物の核変換に目を向けても良いのではと考えています。
これらの実験装置からは、低エネルギーのX線や微量の中性子が発生し、 計測もなされていたが、法律上(放射線障害防止法)の放射線発生装置としての 取扱いは受けていなかった。 しかしながら、大学などが法人化された事により、労働安全衛生法 の元で、労働者を保護するためX線装置として管理を求められるように なった。
原子力研究機構(現、量子科学研究機構)のJT-60Uは、臨界条件の超高温プラズマを 閉じ込めることが可能として、唯一法律上の放射線発生装置と されていたが、 現在は廃棄され、JT-60SA装置として新たに運転開始を目指している。
平成26年度に 放射線障害防止法施行令が修正され、原子力規制委員会が必要と認めたものも 放射線発生装置と見なされることとなった。臨界条件には達しないものの 重水素実験を開始している大型ヘリカル装置もこれにより 放射線発生装置としての管理を受けることになった。
おそらく、将来建設される核融合炉も同様の放射線装置としての管理を 受ける事になるだろう。