サイクロトロン


スローンの線型加速器を 軽イオンに適用すると、各電極の長さlが 長くなり、長大な加速管が必要となってしまう。 この欠点を除くためにローレンス(Lawrence)は 磁場中に閉じこめることを考えた。 ただし磁界の強さBや高周波の周波数fが実現可能かどうかを 調べる必要がある。
サイクロトロンの原理は、磁場中でイオンがローレンツ力を受けて円軌道を 受けることが分かれば、 それほど難しくなく、電磁気学の授業の演習問題としても しばしば取り上げられています。 イオンの角速度、あるいは周回する周期は、磁場の強さとイオンの質量にのみ依存し、 加速されてエネルギーが増えても一定の値を保ちます。 従って、一定周波数の電源を用意するだけで繰り返し加速ができる訳です。

加速の原理

いま、 質量m、電荷eのイオンが速度vで動いている とき、紙面に直角に磁界Bが作用するとき、 このイオンは円運動を行なう。 その軌道半径をrとすると
遠心力= mv2

r
, 求心力=ローレンツ力=evB
であるから
mv2

r
= evBだからv= eB

m
r
(5.1)
となる。従って一周に要する時間Tは
T= 2πr

v
= 2πm

eB
=一定
(5.2)
であって半径rによらない。あるいは角速度ω
ω = 2πf = 2π

T
= eB

m
=一定
(5.3)
となる。そこで (5.3)式により、陽子(p)、重陽子(d)、 アルファ粒子(α) についてB、fの関係を求めると 比例 関係をえる。そして、B、 fとも実現可能な値である。なお陽子のかわりに 水素分子イオン(H2+)を加速するばあい、 d、αと同じ関係がなりたつ。

そこで一定周波数fで働く電界をかけ、 (5.3)式をみたす共鳴磁界B を作用させるとき、イオンはらせん軌道を画きつつ 次第にエネルギーが上がるとともに半径rが 増大して行く。 r=RになったときのエネルギーKは
K= 1

2
mv2 = e2 B2 R2

2m
(5.4)
で表わされる。これが サイクロトロン (cyclotron)である。

ローレンスはこの加速原理を確かめるために直径20cmぐらいの 小さな電磁石の中で陽子を加速し、1932年に成功した。 以後急速に巨大化していったが、その理由は使用できる fが当時実現可能な強力発振管の周波数範囲に あったことによる。

ローレンスの作ったサイクロトロンはマンハッタン計画でウラン濃縮の手段としても 検討された経緯があったため、第二次世界大戦後、日本の理研などが所有していた サイクロトロンはGHQの命令で破壊されました。 (参考:コミック「ニホニウム発見に挑み続けた研究者たち」の冒頭)

サイクロトロンでは ディー (dee) とよばれるコの字型加速電極の中央にイオン源 をおき、ここからのイオンをくり返し加速して行く。

サイクロトロン内での軌道の全長は数10m以上と なるが、このように長い距離を走っても強いビームであるためには、 加速の途中で 集束 (focusing)が充分 行なわれねばならない。ところでディー間の 電気力線は 左半分では集束、右半分では発散である。 そしてこれら両作用とも電界が増すほど強くなる。 そこでイオン・ビームが左 右と加速されるとき、 集束と発散の合成がどうなるかが問題となる。

いま高周波電界が増しつつあるときと、減少しつつあるときに ディー間を通過するイオン・ビームを考えよう。

電界 左半分b 右半分 合成 位相
増加中 集束弱 発散強 発散 φ < 0
現象中 " 強 " 弱 集束 φ > 0
上にまとめて比べたように、ディー間電界が減少しつつ あるときに集束作用が働く。

次にφ > 0でディー間を通過したイオンの位相を しらべてみよう。電界の強いAのところで通った イオンは、エネルギー増が大きいので大きな曲率半径を 画き、始めより少し遅れて間隙に現れる。 逆にBのイオンは小半径を画き、少し早く間隙に現れるから 結局A S,B S のように特定の位相角φs に集中してくるにであり、 φsを安定位相という。従って φ > 0の領域では集束と位相安定が同時になり立つ。

軌道半径が充分大きくなったところで デフレクター (deflector) とよばれる静電偏向板の間を通してイオン・ビーム の軌道を変え、磁界の外部にとり出すようにしている。 内部を廻っているイオン・ビームを内部ビーム、外部に 取り出したビームを外部ビームという。 なお (5.4)式は
K = 4.85 ×10-11 × e2 B2 R2

m
,K:MeV, e:電子電荷単位, m:原子質量単位, R:cm
(5.5)
のように表わされる。

位相の安定と集束

サイクロトロンが成功したのは、イオン・ビームに対する 位相の安定と集束が同時に成立していたことによる。 成功初期にはこのことがわからなかったが、その後の 研究で解明された。

位相の安定

高周波電圧をE=E0 cos(ωt + φs) と表わすとき、同期位相φs がどうなっているかが問題である。線型イオン加速器では φs < 0であったが、サイクロトロンでは φs > 0である。すなわち高周波電圧が 減少しつつあるときにディー間を通過したイオンは、 S点に集まってくる。 この様子を考えてみよう。

いま電界の強いAのところを通過したイオンは、 エネルギー増が大きいので大きな曲率半径を画き、 始めより少し遅れて加速間隙に現れる。 逆に弱い電界時のBのイオンは小半径を画いて 速く間隙に現れる。結局A S,B S となって特定の位相 φsに近づき、このまわりを 振動しつつエネルギーが次第に上がっていく。(強集束)

結局サイクロトロンでは、一周期で2回加速されるが、 そのうち0 ~ π/2のイオンが次第に φsに集まってくる。これをビームの バンチ (bunch)といい、 時間巾は数nsである。

集束

イオンビームが比較的小さな半径でディー間を廻って いるときは、 電気的集束を受ける。 対向するディー間は左半分が凸レンズ、右半分が 凹レンズの役目をしているが、 前に のべたように左半分は電界が強いとき、 右半分は電界が弱いときに対応する。 従って左 右へ通過するイオンは、 強い凸レンズと弱い凹レンズの合成力を 受けたことになり、結果として集束作用を受ける。

この電気的集束作用はrが大きくなるとともに 次第に弱くなってくるが、今度は磁界による 磁気的集束作用が始まってくる。 そこで次にこの磁気的な作用について考えよう。

イオン・ビームの運動を記述するために円柱座標系 (r,θ,z)を用いる。磁極間の中央面がz=0 の子午面である。このときz方向の運動方程式は
m d2 z

dt2
= evBr
(5.6)
で、Brは磁界のr成分値を示す。 完全に一様な磁界のときはBzだけが存在するが、 第図のように磁極の周辺部では 磁力線が外部に張り出し、 従ってBrが生じ始める。 いま周辺部で
Bz = B0 r-n, (n > 0)
(5.7)
の形で表わされるとき、


Br = Bz

r
z
(5.8)
であるから、(5.6) ~ (5.8)式を組合わせて
d2 z

dt2
+ eBz

m
v

r
nz = 0
(5.9)
をえる。[(eBz)/m] = ω, [v/r]=ω を用いると (5.9)式は
d2 z

dt2
+ n ω2 z = 0
(5.10)
に変わる。n ω2 > 0であるから、この式の解は sinn ωt の形の振動解である。 さらにnは rとともに大きくなるから、イオン・ビーム は周回とともにz方向にだんだんと細かく振動して 集束することを示している。
このようにしてサイクロトロンのイオン・ビームは z方向に充分集束しつつ、さらに一定の φsのところに ~ 5nsぐらいの巾で集中して 取出される。

大型電磁石

サイクロトロンでは 巨大な電磁石が必要であって、断面が円形でかつ一様な 磁界を作り出さねばならない。さらに最大の磁束密度Bが 20kGであるから、使用する鉄材も高純度の純鉄でなくてはならない。 従ってその設計は簡単ではないが、 基本方針を説明しておこう。
電磁石の設計の基本方針は、電気回路のアナロジーを利用した磁気回路を考えることです。 起磁力は、電磁石の巻数とコイル電流の積で与えられます。 磁気抵抗の抵抗率は透磁率μの逆数が相当します。 電磁石のギャップ間(イオンビームの運動面と直交)に必要な磁束 あるいは磁束密度の値を満たす様に、起磁力と磁気抵抗の値を調整することになります。 ヨークを使うことにより、ギャップ間の磁場の一様性は改善されますが、 生成できる磁場強度に制限(磁束飽和による)がかかります。

電磁石は ロの字型の ヨーク (yoke)に 磁極 (pole) をとりつけたものが多く、磁極間 に必要な磁界を作り出している。この磁気回路は 等価的に、ヨークと間隙が作る 磁気抵抗があり、これに励磁コイルの 作り出す起磁力がかかっているとみなされる。ここで
ヨークの磁気抵抗= lc

μc Sc
並列

間隙の磁気抵抗= lg

μg Sg

コイルの起磁力=NI=巻数 ×電流

である。 起磁力は起電力に、 また 磁束Φは回路を 流れる電流に対応する。 μc >> μgであるから
Φ = NI/( lg

μg Sg
+ lc

2 μc Sc
) μg Sg

lg
NI
(5.11)
となり、間隙における磁束密度すなわち磁界の強さBは
B = Φ

Sg
μg

lg
NI
(5.12)
である。NIをアンペア・ターン、lgをcm、 Bをガウスで与えるとき(5.12)式は
B 4π

10
NI

lg
~ NI

lg
(5.13)
という実用的な式に変わる。 例えばlg=10cm, NI=150000アンペア・ターンの ときはB ~ 15000ガウス(G)となる。

(5.13)式は磁束がヨークや間隙外に洩れず、 かつμc >> μgと仮定しているが、 実際にはΦが大きくなると磁束の洩れが起こり、 かつμcが低下してくる。このことを考えて、 余裕をみた設計を行なう必要がある。励磁コイルに 流す電流は、大容量トランジスタを使って 10-5以下の安定度に保ち、 またBは10 ~ 100% 連続可変にするのがふつうである。

高周波回路

サイクロトロンでは2つのディーに50kV以上の高周波電圧を 与える必要があるが、そのために線形加速器のところ でのべたTEMモードの共振が用いられる。

空洞内に λ/4長の金属棒を2本並べると、どちらも共振して 先端に高周波電圧が発生する。これをレッヘル線方式という。 短絡板の位置を変えれば共振周波数が変わるので、 金属棒先端にディーをとりつけ、磁界内に入れる。 一方同じλ/4方式であるが 単一ディーを用いることもある。この方式は 強力な発振管が必要となるが、磁界中に大きな空間ができるので、 イオン源やその他の部品がおきやすいという利点がある。

いま高周波電力をP(W)、回路のインダクタンスをL(H)、 キャパシタンスをC(F)、抵抗をR(Ω) で表わすとき、金属棒のディー電圧V(V)は
V =   

PL

CR
 
(5.14)
であたえられる。Cは加速相内でのディーのもつ容量が 大部分であり、またRは短絡板近くの接触抵抗が 効いている。いずれにしても C、Rをできる限り小さく作る必要がある。 V=50 ~ 100kVとするにはP=50 ~ 200kWとなり、 強力な送信所に相当する。 従って電波のシールドや高周波放電防止に充分注意しなければ ならない。

イオン・ビームの引出し

サイクロトロンではディーの間を数100 mA のイオン・ビームが廻っており、次第にエネルギーが 高くなるとともに曲率半径も接近してくる。 最終回ビームの半径がそのひとつ前の周回半径と離れるためには、 ディーの高周波電圧が高いほどよいことはすぐわかる。 このようにすると 最終軌道が数mm以上離れて 廻るから、これを狭い間隙よりディーの外部にとり出し、 デフレクター (deflector) とよばれる電極板の傍を通す。

デフレクターには負の数10kVの電圧が与えられるので、 イオン・ビームの軌道は外に大きくふくれて 急速に磁界から外れ出す。ただしイオンのエネルギーに 広がりがあるので、次第に空間的に広がってくる。 そこでビーム・コース中にQ電磁石をおいて 立体的に強集束をさせる。

外部に引き出されたイオン・ビーム(外部ビーム)の 強度は1 ~ 10 mA程度であり、 内部ビーム(内部を廻っているビーム)に比べて極めて弱くなって いる。その理由は内部ビームの集束が充分でなく、 大半がデフレクターを通過する直前でディーに当たっていること による。そのためディーの内面は充分水冷する必要がある。 外部ビームが弱いという欠点を改良するため、AVFサイクロトロン が考案されたが、これについては次にのべる。

AVFサイクロトロン

通常のサイクロトロンでは、ビームを加速する途中で ディー間の電気的集束が働き、つづいて周辺磁界による 磁気的集束が働くとともに、 位相の安定化作用も成立しているので、意外に強い内部ビームが えられた。しかしこれを外部ビームとして取り出そうとすると、 なお集束が不充分であることがわかった。 その大きな原因はディー間の電気的集束が不足していることに ある。従って強力な磁気的集束を加えて鋭いビームに する必要がある。
サイクロトロンで加速したイオンビームの引き出しを考えると、 特にビームエネルギーが高く相対論的効果が 出てくる時、 これまでの加速機構では不十分であるとわかりました。 その対策として提案されたのが、AVF(alternating varying field)サイクロトロンで、 電磁石のギャップに周方向の変調をかけるものです。 最近の小、中型サイクロトロンはすべてこの AVF型となり、 内部ビームの数10% が外部に引き出されている。

一方(5.2)式の共鳴条件は、古典論の立場では 成立しているが、イオン・エネルギーが 増大すると相対論の効果でmがふえ、1周時間Tが 大きくなって共鳴を外れてくる。これが効き出すのは、 核子あたりエネルギーが10MeV以上、 すなわち陽子では 10MeV、アルファ粒子では 40MeVである。

1938年トーマス(Thomas)は 縞状磁界をもつ サイクロトロンによって、強い集束と相対論効果の 補正がともに可能であることを指摘した。 その後20年ほどたって、彼の考察が具体化された。 この磁界とは 強弱の扇形をしている。 このときイオン・ビームは 磁界を強 の横切り方をす る。そして
弱のところで強く集束

強のところで発散
となるが、組み合わせると集束となる。 従ってビームは周回のたびに強い集束力を受け、 鋭いビームとなる。

磁界が不均一であるから、サイクロトロンに不可欠な (5.1),(5.2)式 の共鳴条件を外れる恐れがある。 しかし実際に加速してみると [`(B+ + B-)]/2 という平均磁界が共鳴しておれば よいことがわかる。 また、相対論の補正は、r大のところでこの平均磁界を 強くするようにしておけばよい。ただしイオン軌道は 円形でなく、歪んでいる。 また磁界の強弱は20% 程度である。

このような縞状磁界をもったサイクロトロンを AVF(alternating varying field)サイクロトロン という。磁界の形状もその後詳細な計算が施されて、 曲がった縞状となり、さらに部分的に 磁界補正用コイルをつけている。 最近の小、中型サイクロトロンはすべてこの AVF型となり、内部ビームの数10% が外部に引き出されている。

SOC
SOCとは Separated Orbit Cyclotron の略である。 通常のサイクロトロンはビームが1回転するとき 2回加速されるが、この加速回数をもっと多くし、 かつ電磁石の鉄材を節約するような 加速器が考えられる。電磁石は交互に山谷の 磁界をもつように配列する。このようにすると 1週について何度も加速されるので、軌道が分れる。 従ってビームが外部に取りだしやすい。 またビームを外部から入射するのも簡単である という利点がある。図でわかるように、 このSOCはシンクロトロンとAVFサイクロトロンとの 中間の構造をしており、いくつかの利点はあるが まだ実用化はされていない。 その理由は高周波の加速空洞の設計がうまく行かないことによる。

特徴と用途

サイクロトロンでは大きな電磁石と強力な高周波発振器が必要では あるが、集束と位相安定が両立するので強いビーム電流がえられる。 そして
同期位相φsに集中したビームが連続発生する。

fを可変にすると、イオン・エネルギーが可変にできる。

磁界半径を大きくすると、エネルギーが高くできる。
などの特徴がある。とくに p(5 ~ 10),d(10 ~ 20), τ(3He),α(20 ~ 40MeV) の加速には好適であり、数10MeVの器械として 核実験に活発に利用されてきた。 (それ以上のエネルギーでは相対論の影響で共鳴をずれ 効率がわるい。)
引出されたビーム電流が少ない、精密な大電磁石が必要、という欠点もある。
一方AVFサイクロトロンの成功により、強力なイオン・ビームが えられるようになったので、 ラジオアイソトープの 生産器械として 利用され出した。すなわちターゲット物質をうまく選んで ビームで叩くと、各種のラジオ・アイソトープができるが、 このターゲットを化学処理して適当な化合物のラジオ・アイソトープ を生産して直ちに 診断に役立てたり、引出したビームをガンや 腫瘍に直接照射して 治療を行なうことも実施されている。
また引出しビームを使って核反応、核構造の研究など 核化学、核物理学の分野に活発に利用されている。