ベータトロン


ベータトロン (betatron) とは電子専用の円形加速器であり、これまでの加速器とは 全く違った原理を用いている。今日ではあまり用いられなくなったが、 加速原理や磁界中での集束条件は今日の加速器やイオン幾何光学を 学ぶ上で重要である。

加速の原理

まずサイクロトロンの原理を用いて電子を加速できるかどうかを 考えてみよう。共鳴条件2πf = [eB/m]で B ~ 1000Gとしてもf ~ 数1000MHz のマイクロ波が必要となり、技術的な困難が多い。 さらに電子エネルギーが増すと相対論的効果によりmが増大するから Bまたはfを変えなくてはならず、短い加速時間内に このような変化は不可能である。 結局サイクロトロン方式で電子を加速することはできない。

1941年カースト(Kerst)は 磁気誘導の原理に基づいた新しい 電子加速器を発明した。 名前は、人工のベータ線を作る装置という意味から名付けられました。 今日ではあまり用いられなくなったため、あまり良い実例はみつかりませんでした。

いま 円柱座標でz方向に磁場Bがかかっており、その強さB(r)が軸からの距離rに依存しているとしましょう。 半径r0の円内の磁束をΦ とすると、Bを面積分して計算され
Φ =
r0

0 
B(r) 2pr dr
(6.1)
である。もしΦが時間的に変動するときファラデーの 電磁誘導の法則に従って 電位差が生まれます。半径r0の円軌道を考えると、 一様なθ方向の電界Eが生じ
E = - 1

2pr0
d Φ

dt
(6.2)
であたえられる。一方r=r0のところを電子が廻るには
mv = eB(r0) r0
(6.3)
でなくてはならぬ。ここでr0安定軌道といい、また電子質量mは 相対論効果を含んでいる。

さて電界Eによる電子の運動方程式は (6.2)式と組み合わせて
d

dt
(mv) = -eE = e

2πr0
d Φ

dt
(6.4)
であるから、t=0でΦ = 0の条件のもとに積分して
mv = eΦ

2πr0
(6.5)
をえる。 (電子の運動量(のθ成分)が 磁束に比例することが導かれます。) 電子が半径r0の円軌道を描く時、r方向の加速度がv^2/r0, r方向のローレンツ力がevBなので mv=eB/r0 という関係も成り立ちます。

(6.3)と(6.5)式と を組合わせると
Φ = 2πr02 B(r0)
(6.6)
となる。もしB(r)=B(r0)=一定のとき、 Φ = pr02 B(r0)であるから、 B(r)はrとともに減少している磁界であることがわかる。 (6)式を ベータトロンの2倍法則といい、 電子がr0の安定軌道上を加速されつつ廻るための条件でで、 B(r)はrとともに減少している磁界でなければならないことがわかります。
この法則の名前は、もし磁場がrに依らず一定値Bであれば 磁束は、 円軌道の囲む面積とBの積( Φ = πr0^2 B )になるはずという事実から来ています。 右辺の2という係数が2倍則に表れることに注意して下さい。

つぎにB(r)の形をきめてみよう。r0の近傍で
B(r) = B0 r -n
(6.7)
の形に表わされるとすれば、減少磁界であるためにはまず
n > 0
でなくてはならぬ。 (6.7)式を書きかえるとつぎのように表わせる。
n = - r

B
B

r
(6.8)
いま電子が r0+dr の軌道に移り、このときの 曲率半径を rとするばあい、dr > 0として、
r < r0+dr
(6.9)
のとき、電子は安定軌道にr0に戻ってくることになる。 どの軌道でも電子のエネルギーは同じであるから
B(r0)r0={ B(r0) + B

r
dr } r
が成立しており、これに (6.8)式を入れて
r = B(r0)r0

B(r0) + B

r
dr
r0 { 1- dr

B
B

r
} = r0 + n dr
(6.10)
をえる。 (6.9)と(6.10)式とを比べてn < 1となる。 こうしてnの範囲は
0 < n < 1
(6.11)
であたえられる。

すなわちベータトロンでは、まず(6.6)式の2倍法則を 満たし、さらにr0の近傍で(6.11)式 が成り立つn値でなくてはならぬ。このとき電子ビームは z方向にsinn ωt 、r 方向に sin{1-n} ωt の振動をしつつ立体的に集束して r0 の軌道上を廻ることになる。 これをベータトロン振動と呼びます。

加速エネルギーとその限界

(6.2)式より電子が1周 あたりにえるエネルギーは
-eE ×2πr0 = e d Φ

dt
(6.12)
であり、磁束の時間的変化率が大きいほど、大きくなる。 実際的な[(d Φ)/dt]の値を入れると、 この値は僅か100eV程度である。しかし周回数が極めて多く、 104回以上にも達するので最終エネルギーKは 1MeVをこえることになる。 最大エネルギーは(6.3)式 でわかるようにB(r0) ×r0 が大きいほど高い。

ベータトロンの加速原理では、相対論による電子質量mの 増加がうまくとり込まれているので、どこまでも高エネルギーに 加速できるように見える。しかし電子は円運動をしているから いつも加速度を受けていることになり、 そのために接線方向に 制動放射 (bremsstrahlung) に基づく電磁波が放出される。

電子は電磁波の衣を着た粒子と同等である。 電子が運動中に加速度を受けて進行方向が 変わるとき、衣の部分がはぎ取られて もとの方向に飛び出すのであり、 これが制動放射の原因である。 従って電子は電磁波の形でエネルギーを失うが、 軌道1週あたりの放射損失Wは
W = 4π

3
e2

r0
( K

m0 c2
)4
(6.13)
で与えられる。ただし、m0は電子の静止エネルギーで、 m0 c2 = 0.511MeVである。例えば
r0=80 m, K=100 MeVのとき W=11 eV
となる。従ってK=200MeVともなると、 W ~ 170eVとなって1週あたりの加速エネルギー ~ 100eVをこえてしまう。すなわち加速エネルギー/回が すべて放射損失/回に消費されることになり、これがベータトロンでの Kの限界となる。

構造

ベータトロンでは安定軌道r0の付近に B=B0 r-n (0 < n < 1) をみたす 交流磁界を作る必要がある。 そこで 0.3 ~ 0.5mm厚の珪素鋼板を重ねて 渦電流を防止したヨークと磁極とを組立てる。 そして磁極の周辺部に ドーナツ状の加速管をおく。 この周辺磁界n値が上の条件に合っているとともに、 ベータトロンの2倍法則をみたすようにする。

加速管は内面を銀メッキした硬質ガラスでできており、 安定軌道のごく近くに 電子銃をおく。その裏側はモリブデン、 タンタル、金などの ターゲットとなっており、 電子ビームが最後にここに当たって接線方向に 強い制動放射X線が出るようにしてある。

励磁電源はふつう数100Hzの交流電源を使い、 励磁コイルがLC共振をする ようになっている。そして電子の加速はこの交流の 1/4周期程度の間に行なわれる。すなわち弱い磁界の ときパルス的に電子銃から電子が加速管内に送り込まれ、 以後磁界上昇とともに加速されて行き、ある磁界値附近で ターゲットに衝突する。

特徴と用途

ベータトロンは小型で可動の電子加速器であり、 20MeVまでのエネルギーをえるのに便利である。 とくに電子ビームが0,1mmφ程度に絞られるので、 極めて小さい点状X線源になるとともに、 指向性の制動X線が発生する。このために
工業用X線源: 熔接箇所検査、鋳造品の内部透視

医療用X線源: 深部ガン、腫瘍の治療
などに使われている。

この加速器の欠点は、電子ビームが外部に取り出しにくいこと、 放射損失のためにエネルギーに限界があること、 電子ビーム電流が少ないことである。 このため物理実験には不向きであって、むしろ電子線型加速器が 基礎研究には向いている。