プラズマ診断(diagnostic)


プラズマは非常に幅広い温度や密度のパラメーター空間に広がっています。 プラズマを利用するにあたって、ブラックボックス化しないためには、 用いるプラズマの様々なパラメーターを把握することが重要です。 しかしながら、どのパラメーターについても 万能の測定法は存在せず、 場面ごとに様々な測定法を組み合わせて総合的に判断することが必要です。 これは、医者が患者の病状を「診断」するのと全く同じプロセスで、 そのためプラズマの研究者は自戒をこめてプラズマ診断と言う言葉を使います。

プローブ(探針、ソンデ)計測

静電プローブ法は長い歴史を持ち、 簡便な構成にもかかわらず、得られる情報量 が比較的多く、実験室から宇宙まで広く使われている。 コストパフォーマンスに優れた実 用的な方法で 市販品も存在するが、 その原理や問題点を正しく知ることは重要である。 また、様々な使用環境を考慮し、 以下の観点からなされた改良、拡張についても概説する。
1)実プロセス環境下(絶縁性の膜堆積など)に 適用できる。
2)電位的に大きく高周波振動しても測定できる。
3)高い時間/空間分解能をもつ。
4)小型でプラズマに及ぼす擾乱が少なく、小さ なポートからでも挿入できる。
電流バイアス電圧特性
プラズマ中に小さな電極を挿入し、プラズマから電極(プローブ電極)にながれる電流(プローブ電流)が電極に印可したバイアス電圧(プローブ電圧)にどのように依存するかを調べるのがシングルプローブ法です。
プラズマ中に挿入されたプローブに流入する電子電流はイオン電流に比べて非常に大きく、 プローブバイアス電圧Vpに応じて大きく変化する。 このときに起っているプロセスは、プローブ電極周りのシースを通した電荷の輸送過程で、 プローブ電位Vpがプラズマの空間電位Vsより小さい場合、プローブ電流はシースの研究から
Ip=Iis-IesExp(-e(Vp-Vs)/Te)

従って、十分正にバイアスすることにより、プラズマ空間電位Vs)がプローブ電流Ipの 変曲点として決定できる。また、そこでのプローブ電流(の絶対値)が電子飽和電流Iesに相当する。 逆に、負にバイアスすることによりイオン飽和電流Iisが決定できる。

プラズマの生成時間に比べて短い周期でVpを走査(スイープ)すると、 プローブ電流(とVp)の時間変化が得られる。 電流とプローブ電圧のトレースを描くと、スイープの周期毎に少しずつズレた曲線になります。 一つのスイープ周期のトレースを解析しましょう。
Vpが小さいときの電流の極限値が イオン飽和電流Iisになります。 これとプローブ電流の差が、電子が運ぶ電流で 対数表示するとVpと直線関係になります。 従って、Log(|Ip-Iis|)をVpに対してプロットすると その傾きの逆数から電子温度Teが決定される。 この解析を繰り返すと、電子温度(真ん中の図の緑の点)がどのように時間変化するかが分かります。

密度の決定
平板シースの理論からは飽和電流密度はバイアス電位によらない定数であるが、 シースの厚みの変化を含めたプローブの実効面積はゆっくり変化する。従って、実験的には 飽和領域のプローブ電流を、Vp=Vsまで外挿して飽和電流の 値とする。電子飽和電流からは電子密度が評価できるが、磁場がある時にはプローブ特性に 影響を受けやすいことと、プラズマへの摂動が大きいという問題がある。 また、負イオンが存在するとき、電子飽和電流の測定値は減少する。 イオン飽和電流は、磁化プラズマでもイオン密度評価に用いることが出来るが、 イオンの組成、実効電荷、実効質量の評価に問題が残る。また、プローブ表面からの電子放出が あると見かけ上イオン飽和電流が大きくなる。 (最も簡便な方法としては、 イオン飽和電流の分布をプラズマ密度の相対分布と見なし、絶対値を他の方法で決定する というものがある。)

浮遊電位
プローブに高抵抗を直列接続し、抵抗での電圧降下を測定することにより、 プローブ電流をちょうどゼロにする浮遊電位Vfを容易に連続的に モニターすることができる。Vfは電子温度が小さいと見なせれば、 プラズマの空間電位の近似値と見なすことができるが、プラズマ中に高エネルギーの 電子ピームが存在する時は、Vfの測定値はビームエネルギーに 依存するので注意を要する。

エミッシブプローブ
オーム加熱可能なタングステンフィラメントをプローブとして 浮遊電位を測定すると空間電位との差を小さく出来、電位計測の 精度を上げることができる。

ダブルプローブ(複探針)
プラズマ電位が固定されていない場合(高周波放電、無電極放電)、 空間電位が時間的に振動しているため、ここで説明したスングルプローブ法は直接適用できません。 この様な場合にも、電極を2本用いたダブルプローブ法が適用できます。 プラズマ装置の電位(あるいはアース電位)から浮遊させて測定される プローブ特性は対称で、飽和電流と原点での接線の2箇所の交点の 電圧差が電子温度の4倍に相当する。

トリプルプローブ
浮遊電位の測定を拡張し、バイアス電圧の走査をせずに 電子温度をモニターできる。

プラズマ振動プローブ
実社会のプラズマプロセス環境下では真空容器やプローブ電極に しばしば絶縁性の膜が堆積するため直流的なプローブ電流を測定する測定法が 適用でいない。
プラズマ振動プローブはプラズマ中に挿入した電極をアンテナおよびレシーバーとして プラズマ中を伝搬するプラズマ振動を調べる方法です。 金属ワイヤでできたレシーバアンテナから1cm程度離して熱フィラメントを設置し、 フィラメント電流およびフィラメントに印加する負のバイアス電圧により 電子ビームの電流とエネルギーを調整します。 電子ビームにより励起した電子プラズマ振動の信号をレシーバで捉え、 スペクトルアナライザを用いて振動周波数を測定します。 プラズマ振動の周波数はプラズマ密度の平方根に比例するため、 この方法は膜堆積が起る様なプロセス環境でも有効な電子密度計測法になっています。

表面波プローブ(SW Probe)、プラズマ吸収プローブ(PAP)
表面波の吸収を利用するプラズマ吸収プローブの原理は以下の通りです。 標準的な表面波プローブは、片方の先端を半球状に封じ切った誘電体管の中に、 ロッドアンテナを設けた 同軸ケーブルを挿入したプローブ本体と、 同軸ケーブルのもう一方の端子に 接続したネットワークアナライザから構成されます。 誘電体管がプラズマで覆われた場合、電子密度で決まるある条件を満足する周波数になったとき、 プラズマと誘電体間の境界部を伝搬する表面波の定在波が、共鳴的に励起されます。 このときにアンテナに送られたパワーの一部がプラズマに吸収されるため、 ネットワークアナライザに戻ってくる電力が減少し、反射係数が小さくなります。 この共鳴周波数は プラズマ周波数に関係するため、電子密度が算出できます。

この方法はプラズマ吸収プローブとも呼ばれ、プラズマ振動プローブと同様に絶縁体酸化物膜が 堆積するプロセスプラズマでも使用できます。さらに、 電極やフィラメントがプラズマに直接接しないという 利点もある。最近、 表面波プローブのロッドアンテナを折り曲げてコンパクトにしたカーリングプローブというものも商用化されています。

イオン感受性プローブ(ISP、勝又プローブ)、分割トンネルプローブ(STP)
磁場とガイドシールドを組み合わせて電子電流を除去し、 イオン電流のみの特性曲線からイオン温度を推定できる。

マッハプローブ、方向性プローブ
流れのあるプラズマ中で、上流側と下流側 のイオン飽和電流の差からプラズマの流速、あるいは マッハ数を推定する。

サーマルプローブ(感熱プローブ)
主に熱電対で測定したプローブチップの温度データから 電流ではなく熱流束を決定する。熱流束−バイアス特性の 1階微分は通常のラングミュアプローブの電流−バイアス特性と ほとんど同じであることからも解るように、様々なプラズマ パラメーターの推定に用いることができる。

combined force-Mach-Langmuir probe
応力センサーで運動量束、すなわち圧力を 測定し、イオン温度などを決定する。

大気圧プローブ
大気圧プラズマに対してもプローブ計測が 可能である。しかし、シース内での中性粒子との電子の 衝突により、電子飽和電流は減少し(ブロッキング効果)、 電子温度は見かけ上大きく見える。
J.S.チャンの教科書を参考に大気圧プラズマのプローブ解析を行った時は、 無衝突シースに基づく間違った解析では、電子温度は 3倍程度の過大評価ですが、 電子密度は100分の1程度の過小評価になっていました。 かつて、韓国の論文でプローブ法と他の計測法が一致しないと言う報告を見たことがあります。 おそらく、衝突性シースに基づいたプローブデータの解析を していなかったのでしょう。


電磁計測


粒子計測


分光計測

プラズマが発する光を分光器で測定しプラズマの諸パラメーター あるいはラジカル密度を推定する方法。非接触でプラズマに対する摂動が少ないという 利点があるが、対象となるプラズマに適用できるモデルの選択や 空間分布の積分効果(空間分布の情報がの視線に沿って積分される)などの問題がある。
局所熱平衡(LTE)モデル
比較的低温高密度の電離が進行しているプラズマでは、 粒子間の衝突が頻繁で、原子レベルの励起と崩壊が共に衝突で支配されています。 各レベルの状態分布は、プラズマパラメーターで決まる 統計力学的な等分配の原理(詳細釣り合い)で決定され、 原子過程の断面積に依存しません。(サハ、ボルツマンの関係) アフターグローあるいはダウンストリームのプラズマで 密度がある程度高ければ、LTEを仮定した解析が可能である。

コロナモデル
太陽コロナや低密度実験室プラズマの様に 電離や励起が衝突で支配されているが、崩壊が放射崩壊で 支配されている時、励起断面積(特にしきいエネルギー近く)より 評価した反応速度係数を使って解析できる。

衝突放射(CR)モデル
一般に励起レベルpの状態密度の時間方程式を 定常性を仮定し、ポピュレーション関数を定義し 基底原子密度、イオン密度、分子密度などと状態密度を 結びつけ、発光強度を解析する。

これらのモデル計算には反応速度係数の評価が必須であるが、 電子の速度分布関数が(特に高気圧放電で)マックスウエル分布から ずれることに注意する必要がある。
線スペクトル同定
スペクトルの波長からプラズマ中に存在する元素の種類を、 強度から元素の量を推定できるが、そのためには原子分子データの 蓄積が必須である。また、絶対強度測定のためには 標準光源を用いて分光器の校正をあらかじめ行わねばならない。

線スペクトル幅
ドップラー効果からイオン温度を、シュタルク効果から電子密度を、 ゼーマン効果から磁場を推定できる。

線スペクトル強度比
スペクトル線のペアの選択により電子温度や電子密度が得られる。 ラジカルの絶対値を求めるためには、希ガストレーサーを付加し、 発光強度比を測定する。(アクチノメトリー法)

連続スペクトル
制動放射や再結合放射を測って電子温度が得られる。

偏向(ゼーマン効果)
磁場方向の偏向成分を測定し、プラズマ内の磁場を推定する。

外部光(レーザー)による能動測定
レーザー干渉により密度、トムソン散乱により温度と密度が測定でき、 空間分解能も高い。しかし、設備が大掛かりになり、基礎研究ではなく応用の場面では あまり利用できない。また、 ラジカルの絶対量を決定するのは既知の強度のレーザーを用いたレーザー誘起蛍光法(LIF)が有用である。

アクチノメトリー法
自身では発光しない水素原子の計測のため 既知の量のトレーサーガスを混ぜ、近い波長の水素及びアルゴンの線スペクトル強度の費をとることにより 水素原子密度が決定されます。その結果は、LIFの結果と良く一致しています。


重イオンビームプローブ

プラズマ中の電位を計測する方法。 金などの原子を電離した1価のイオンを加速器で加速してプラズマに打ち込みます。 プラズマ中は正の電位分布を持ちますので、ビームイオンは次第にエネルギーを失ってプラズマ中に侵入します。 ある点で、プラズマ電子により2価のイオンに電離されると、それまでとは異なった軌道を通ってプラズマから出てきます。 この時の2次イオンの持つエネルギーは、電離の起った場所の電位に比例して増加しています。 電離が起った点は1次イオンの軌道と2次イオンの軌道から決定できますので、 1次ビームの向きを固定すれば特定の場所での電位の時間変化が、ビームの向きを走査すれば電位の空間分布が求まります。